潜入捜査開始!
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
応接室に通された2人は、革張りのソファに座る。
「ホォ、お前ら無個性なんや」
その向かい側に座った男、笠井はまじまじとふたりを観察する。
ちなみに笠井がこの事務所の社長である。
「そうっス」
居心地悪そうに頷くファットガムと、
「だから、個性持ちのやつらにバカにされないように鍛えたんです」
スラスラと嘘をつく夏季。
「豊満とは無個性同士ってことでよくつるんでたんです」
な、相棒!
と、夏季が笑顔を向けてくる。
「そうなんですわ!」
ファットガムも、引き攣らないように注意して笑顔を作る。
ほんまこの子優秀やわ。
口調にも声色にも、神経を尖らせて喋っているのに、それを一切感じさせない。
完璧に青年を演じている。
ファットガムは、自分がヘマしないことを願うばかりだ。
「それにしても、何でウチに?」
まるで圧迫面接でも受けているような気分だ。
答えを用意していないファットガムは、チラリと隣に座る夏季を見る。
「……実は、薬物扱っているっていう噂を聞いたんです」
夏季が果敢にも切り込み、ファットガムはぎょっとした。
ええの? それ聞いてもええの?!
「どこで聞いたんや?」
笠井の瞳が、獲物を狙う獣のように鋭くなった。
「どこだったっけな……。チンピラの間で流れてたただの噂なので、ハッキリとした出どころは知らないです」
しかし、夏季はのらりくらりとかわしていく。
「そうか……。まあ、ええわ。ほな2人には仕事覚えてもらわなな。おい、高田!」
「へい、アニキ!」
高田と呼ばれた男が素早く笠井の側にやって来た。
金髪に赤いシャツ、スーツは白。
暴力団組員、というよりは売れないホストのような出で立ちだ。
「今日からうちの組に入る弾と豊満や。お前が世話するんやで」
「分かりやした!」
元気に答える高田は、まるで従順な犬のようだ。
高田は夏季とファットガムの顔を交互に見る。
身長差が激しいため、ガクガクと頷いているようにも見える。
「よろしくな、でこぼこコンビ!」
高田に言われ、夏季とファットガムはお互いを見合った。
なるほど、確かにでこぼこコンビである。
「えーと、弾と豊満やな。それじゃあ早速、オシゴト出かけよか」
高田に背中を押されて、早々に事務所を出る。
「お前らほんま喧嘩強いねんな。無個性でそれって、個性持ちの俺が惨めになるわぁ。まあ、俺は超弱個性やけどな」
前を歩く高田が大きくため息をつく。
「高田さん、何の個性なんスか?」
「俺? 俺は4mまで身長伸ばすことができるねん。役に立ったことなんて……たまーにあるかな……」
夏季たちが無個性だということを気遣ってか、最後の言葉を濁した。
「いい個性だと思いますけどね」
素で返す夏季。
「そんな褒めたって何も出ぇへんぞ」
照れ隠しか、夏季の頭を小突く高田。
「っと、こんな無駄話してる場合じゃなくて。お前らにはこれから仕事の説明せーへんとな」
高田が説明してくれた内容はこうだ。
●●組は、クスリを始めとする様々な裏稼業を営んでおり、今回は、闇金に手を出した者のところへ取り立てに行くという。
全く気乗りしない仕事だが、やらなければならないのが潜入捜査の悲しいところである。
「ちょっと、長引きそうですね」
夏季が、高田には聞こえないようにひそりと囁いた。
「しゃーないやろ。そんな簡単に見つけてもおもろないしな」
ファットガムはニカッと笑った。
その楽観論に、夏季は思わず顔を綻ばせる。
「何ヒソヒソしとん?」
高田が首だけを捻ってこちらを見る。
「いえ、何も!」
怪しまれたかと思い身構えたが、彼はそれ以上突っ込んではこなかった。
「まあええわ。それより、ここが今日のオシゴト現場やで」
高田が指さしたのは、閑静な住宅街のにあるボロアパート。
ドラマでよく闇金の徴収に使われそうな風貌である。
取り立ての仕方も、まさにドラマのようだった。
高田は、ボロアパートの2階に上がり、右から3番目の部屋の前に立つ。
ドアチャイムは鳴らさずに、ドンドンと荒っぽくドアを叩く。
「もしもーし! いてるんでしょう? 出てきてくれませんかねー!」
返事はないが、ドアを叩くことは止めない。
ドンドンからガンガンに。
ノックの音はますます大きくなる。
「お前の行動は把握済みなんやぞ! さっさと出てこんかい!!」
終いには足でドアを蹴り上げた。
痛くないのかと、思わずこちらが心配するような音が響く。
少しの間を置いて、そーっと扉が開いた。
高田は、閉められないように足をねじ込み、それからドアノブを引いた。
ひぃ、と出てきた男が蚊の鳴くような声を出す。
「もしかしてトイレでしたか? そらすんませんでした」
薄ら笑いの高田に、男は既に泣きそうな表情を浮かべる。
「ほんで、金は用意できてんねやろな」
「……いえ、あの、それがまだ……」
「ああん? いつまで待たす気や!! お前こないだもそう言ったん覚えてるか!? もう待てへんで!!」
「そっ、そんなこといわれても……」
「有り金全部出さんかい!!」
高田の鬼のような形相に、男はすぐに部屋の奥に引っ込んで飛ぶように帰ってきた。
手には茶色の封筒を持っている。
「これが限界です……」
半泣き状態の男が震える手で封筒を差し出した。
引ったくるように取ると、ひぃふぅみぃ、と高田は入っていた数枚の札を数える。
「利子分も返せへんのか。……まあええわ。今度耳揃えて用意してへんかったら、サメの餌にでもなるんやな」
そう捨て台詞を残して扉を閉めた。
「さ、さすがっスね」
ファットガムがポカーンと口を開けて言った。
しかし、
「こういうのは勢いが大事やねんで。ほな、次豊満やってみよか」
「ファッ!!!?」
高田の一言で、開いた口が塞がらなくなってしまった。
***********
「ほれ、次はこの家や」
高田に連れられてきたのは平屋の一軒家。
ベニヤ板のドアは風が吹いただけで飛んでいきそうだ。
「俺は、習うより慣れろやと思うねん。大事なんはノリやで! 行ってこい豊満!!」
ドンっと背中を押されたファットガム。
あまりの手放し教育に反論する気にもなれない。
「俺らそういう覚悟で来ただろ!」
もはや悪ノリを始めた夏季。
後には引けなくなったファットガムは大きな拳で脆そうなベニヤ板を叩いた。
「こんにちはー! 誰かいらっしゃいますか!!?」
先ほどの家と同じように、家主はなかなか出てこない。
「家におんのは分かってんねん! さっさと出てきたほうがええで!!」
若干柔らかい言葉回しだが、迫力は充分である。
ガチャリと鍵の外れる音がして、そろそろとドアが開いた。
高田を真似て、その隙間に足をねじ込んでからドアを引いた。
「うわっ!!」
そんな声と共に飛び出てきたのは、まだ小学生くらいの男の子だった。
まさかの子どもの登場に面食らったファットガム。
助けを求めるように後ろで控えている高田を見たが、彼は口パクで指示を出した。
続けろ、である。
嘘やろ!!
ここは普通おっさんが出てくるんとちゃうんか!!!
予想外の展開に、怒るポイントを見失ったファットガム。
それでも任務遂行のために演技を続けた。
「おい、オトンかオカンは居らへんのか?」
「居らん!!」
「ほんまやな?」
ファットガムは少年と目線を合わせようとしゃがんだが、元が2m越えの巨体では合うはずもなく。
どの道見下ろすことになってしまった。
その威圧感に怯んだ少年だが、果敢にも立ち向かってきた。
「お、居らんし、お金の場所も教えへん!!!」
そう叫んでおいてハッとした表情になる。
ファットガムはその顔が高田に見えないように身体をズラした。
「そんな顔したらアカンで」
そう小さく呟いてから立ち上がった。
「全く使えへんガキやな!!」
捨て台詞を残して踵を返す。
戻ったところで高田に、
「いやアホか! 今のは完全に金持っとる言い方やろ!!?」
突っ込みよろしく殴られた。
しかし、
「えっ、そうやったんスか!!? すんません、おれバカだから気付かへんくて!!」
あくまで気づかなかったフリを貫き通した。
「あーもうええわ! 豊満に任せたんは俺や、俺の責任や!!」
頭をガシガシとかきながら、高田はふたりに事務所へ帰るよう促した。
夏季は、「ナイス」と言うかわりにファットガムの背中をポンと叩いた。
「気ィ取り直して、次は弾やってみるか!」
そう高田が言ったところで、彼のスマートフォンが着信を知らせた。
「あん? 誰や」
と、画面を見たところで高田は慌てたようにスマホを耳に当てた。
「もしもし、高田です! どないしはりました!?」
敬語を使っているところを見ると、電話の相手はおそらく笠井だ。
ペコペコと見えない相手に、謝るように頭を下げている。
「へい、分かりやした。すぐに戻ります」
ペコペコしながら電話を切った高田は、厳しい顔で振り返った。
「お前ら今日のオシゴトは終わりや! いったん事務所に戻るで!」
「何があったんですか?」
夏季が訊ねてみたところ、高田は険しい顔のまま言った。
「あの人が来るらしい……」
「あの人?」
夏季とファットガムの声が揃った。
「……俺らの事務所は、チンピラ上がりの半端モンの集まりや。そんな組がいくつもあって、それを束ねるボスがおんねん」
「ボスって、笠井さんとちゃうんですか?」
ちゃうねん、と高田は頭を振った。
「笠井さんを店長とすると、あの人はマネージャーや」
大してわかりやすくもない説明を受けたが、とりあえず頷いておく。
「あの人はホンマもんのアウトローやで。生きる世界が違うって実感するわ」
高田は両腕を抱えて、ぶるりと身体を震わせた。
「そんな大御所が何しに来はるんですか?」
「見回りや。俺らがちゃんと働いてるか見に来るねん」
わざわざ組のトップが、とも思ったが、それが組の方針なのかもしれない。
「ちゅーわけで、帰るでふたりとも!」
「了解っス!」
前を歩く高田とファットガムの後ろを、夏季が着いて歩く。
多くの組を束ねるボス。
それを聞いたときから、夏季は考えていた。
関西圏で大流行している危険ドラッグ“AX”
そこに巨大な組織が関わっていることは間違いないのだ。
まだ名前も顔も分からない、「あの人」
もしかすれば、AX撤廃の一歩になるかもしれない。
夏季はひとりほくそ笑んだ。