先日助けていただいた雪だるまですが、恩返しにきました。

 ある朝出勤しようと、玄関を開けたら雪だるまがいた。

「こんにちは、先日助けていただいた雪だるまです。貴方様に恩返しがしたく参りました」

 玄関を閉めた。
 ドアノブを握ったまま震える手で考える。
 何なんだ今の。
 夢? 幻?
 確認のため2cmほどのスキマから外を確認すると、やはりいた。降り積もった雪にちょこんと座っている。
 いびつな丸い二段のボディ、木の枝の腕、どんぐりの目、鉛筆の口。通勤途中の小学校前にいたやつだ。

「本当に助かりました。あのままお湯をかけられていたら私は溶けていました。この御恩返さずにいられないのです」
「あ、恩返しとかいらないんで。君の人生? 雪だるま生? 全うしてくれればいいから」
「いいえ、助けてもらったら御礼をせよと先祖代々言われておりますゆえ」

 製造から2、3日しか経ってないだろうに先祖とは。ていうかなんでこいつ動いて喋ってんのさ。

「神様が私の願いを聞き届けて、1日だけ動けるようにしてくださいました」
「心読めんのかよ! 俺がいくら宝くじ買っても一度も1等当たらないのに、なんで雪だるまの願いが叶ってんの」
「運の操作は管轄外だそうです。神様がおっしゃるには、貴方が今回買った宝くじに当たりはな──」
「聞きたくなーーい!」

 ボーナスで買ってきた10万円分全部ハズレなんてそんなん聞きたくなかったわ!
 何をどうしても家の前から動いてくれない雪だるま。
 これ以上玄関先で言い合っているとご近所からヒソヒソされるから、仕方なしに家にあげることにした。

「で、恩返しって何するんだ」
「毎日インスタント麺ばかりで体に悪いでしょうから、お野菜たっぷりのお味噌汁を作って差し上げようかと」
「作れんのか、その手で」

 その手は細い木の枝である。

「愛があれば大丈夫です」
「愛デスカ」

 一度顔を見ただけの雪だるまに愛を語られるとは。

「では早速お台所をお借りし……」

 雪だるまの動きがそこで不自然に止まった。

「……え、おい、どうした」
 呼んでもつついても反応がない。
 1日だけのタイムリミットがまさか今なのか。
 部屋の中に置きっぱなしにもできず外に運び出し、出勤中に溶けたら夢見が悪いからと保冷剤を貼り付けているうちに、俺は遅刻した。

 翌朝また同じような押し問答があったのはまた別の話。

 おしまい


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