日記

今日のごはん(雨宵小話)

2026/01/02 00:31
小話

 味見皿から、一口。
 朱櫻は「ん」と大きく目をみはった。
「おいしい!」
 顔を輝かせる。手にしていたお玉で、鍋を確認するようにかきまぜた。
「上手にできた」
 何でもできることを自負する自分であるが、今日の汁物の出来は、過去最高だ。
「ふふ、師匠、大喜びしてくださるかな……」
 味見皿とお玉を手に、朱櫻は笑った。惚けた脳裏には、彼の師匠の美しい笑顔が見える。

「美味しいよ、朱櫻」


「――ふふっ! そんな、師匠ってば……!」
 浮き立つ気持ちを落ち着けるよう、ぐらぐらわく鍋をかき混ぜた。

「師匠、師匠。ご飯の支度ができましたよ」
 朱櫻は足取りも軽く、屋敷中を歩き回っていた。部屋にいないなんて珍しい……と言いたいところだが、彼の師匠が居場所を変えて伏せているのはよくあることなのだ。ただ、一番よくいるのが自室というだけで。
 屋敷のどの部屋にもいないのを確認してから、朱櫻は外に出た。

「花燐、今から夕餉か? 干物を持ってきてやったから、焼いて食え」
「ええ……こんなにたくさん……」

 筋骨たくましい美丈夫に、花燐は鯵の開きを両腕いっぱいに渡され、困り果てていた。

 このデコハゲ。また前触れもなく訪れてくれたな。

 朱櫻は半目でその光景を見た。
 師匠の兄弟子であるこの雷落という男は、こうして現れては、自分の師匠の世話を焼いていく。
 実際には朱櫻も雷落の世話の範疇なのだが、朱櫻は事実として理解しても感謝として数えていなかった。

 この様子を見ると、絶対に夕餉も食べていくつもりだ。実際に鼻をならして「いい匂いだな。もう夕餉か?」と言っている。
 花燐は「あ、じゃあ、兄さんもどうぞ」と、細い声で誘っていた。
 せっかくの二人の時間だというのに。
 師匠と自分の屋敷にずかずかと入り込んで……。

 はあ、と抑えた息を漏らした。

「おう、坊主」
「朱櫻」
「……いらっしゃいませ」
 雷落はとっくに気づいていただろうに、わざとらしく顔をあげた。その仕草に、花燐が振り返った。花燐の儚くやわな目元が、困った色を浮かべて朱櫻を見ていた。
 朱櫻は地面を軽く蹴って、己の師匠の元へよると手を差し出す。
「ありがとうございます。さっそく夕餉のお菜にします」
「おう。そうしてくれ」
「朱櫻。ごめんね」
 魚臭くなった手を落ち着かなげにこすりながら、花燐は朱櫻を見る。その目にわずかな安堵が見えた。朱櫻はそれに少し気を良くする。
 にこ、と微笑むと、
「さ、ご飯の支度がととのってますから」
 と促した。

「さ、師匠」
「こんなに食べられない……」

 朱櫻が差し出した大盛り飯に、花燐が悲しい声を上げた。朱櫻は気にした様子もなく、「ちゃんと食べてください」と押し付けた。
 花燐は悲しい顔を伏せ、箸をおろおろと動かしだした。
 その様子に雷落は笑う。
「坊主の言うとおりだ。ちゃんと食え」
 お前は細っこすぎる、そう言いながら、空のおわんを朱櫻に差し出した。
 朱櫻は、
「あんたに炊いたご飯じゃないのになあ」
 と笑顔の裏に白けた気持ちを流していた。
 人の家に押しかけてきておいて、遇されたいとはどういうことだろうかな。
 しゃもじの飯を茶碗でこそげ、飯を盛った。
 雷落は受け取り、またくらい出す。
 自分のもってきた鯵のひらきに舌鼓を打っている。
 朱櫻は箸をとりなおし、自分も飯に向かった。

「ん」
 ふいに、椀を両手に持ち口をつけた花燐が、小さく息を漏らした。
 ぱっと朱櫻はそちらを向く。花燐の唇は熱に赤らんでいた。じっと椀を見ている。
「うまいか?」
 雷落が、自分で作ったものでもないのに、あたたかく尋ねた。花燐は、「はい」とどこか呆けた顔で返した。
「のみやすいです」
 そう言って、もう一度、口をつけた。不思議そうに首をかしげ、時に椀の中を覗きながら、汁物の味を確かめている。
 その無垢な仕草に、朱櫻は知らず、両拳を握っていた。
「師匠! おかわりもありますよ!」
 今すぐ膝を寄せたいのを、膳の前でうずうずと耐えた。
 おかわりを受け取るついでに寄ろう。
 いきなり破顔した朱櫻に、花燐はぎょっと身をすくめて、
「そ、そこまではいい……」
 と手で制したのだった。
 

※※※

ささやかに花燐の幸せを構成したい朱櫻。

新年書き初めです!

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