あなたをさらって飛んでいくだけ
城のような豪邸で、攻めは嬉しそうに出迎えた。
「先生がきてくださるなんて」
そういう攻めはいつものラフな格好ではなく、品のいい格好をしていた。やっぱり名家だなあとすごい調度品に囲まれながら、受けは茶を飲む。美味。
「あの、攻め。縁談のことなんだけど」
「あっ見てくれましたか?」
ぱあと顔を輝かせる攻めに、「うん……」と頷く。攻めは受けの手に、手を重ねてきた。いつの間にか、大きくなったなあ。そんなことが浮かぶ。
「先生。ぼく、きっと先生を幸せにしますから」
「うん、ありがとう」
「先生……!」
「でもね、攻め。先生は君に幸せになってほしいんだよ」
攻めが首をかしげる。その様子に受けは「絶対わかってないな」と確信する。手を取り返して、じっと見つめる。
「君が義理堅くて、優しい性格なのはよく知ってるよ。私を気にかけてくれる気持ちはすごく嬉しい。けど、ちゃんと好きな子と結婚しなさい」
それが先生の幸せだから。それが叶う立場なんだし。
そう繰り返した。攻めはわかっているのかいないのか、じっと受けを見ている。
「わかっています。だから先生と結婚します」
「うん、だからね」
「……先生、ぼくの手紙読んでくれましたか?」
「うん」
「先生のことお慕いしてるって何度も書いたはずなのですが……」
「うん。本当に嬉しかった」
先生として、これ以上のことはない。
そう言うと、攻めが重い溜息をついた。受けは攻めの背を励ますようにさすってやる。
「先生はその気持ちで十分だから、ちゃんと好きな子と――」
部屋にある豪華な花瓶が粉々に割れた。
驚いて見やると、攻めが「すみません」と言う。
「先生があまりに鈍いので、動揺して……」
「ああ、君は魔力が感情に出やすいからね」
気にすることはないと笑うと、ぎゅっと手を握られる。
「とにかく、攻め」
「ぼくは取り消しませんから」
「ん?」
「ぼくのこと、先生は愛していますか?」
「うん」
それはもう、目に入れても痛くないくらい可愛いし大切だ。即答すると、にこっと微笑まれる。
「ならいいですよね。結婚してください」
「んっ?」
「ぼくが気にするのは、先生の気持ちだけです」
「えっ」
「ぼくがいいと言って、先生もぼくをお好き。ならいいじゃないですか」
いつものとおり無邪気な笑顔で、はっきり言われた。受けは「いやいや」と手をふる。
「駄目だよ。そんな投げやりに決めては」
「投げやりじゃありません。ずっと考えてました」
「ええ……」
そんなに頼りない先生をしてたつもりはないけど。
目を白黒させてると、攻めがぎゅっと抱きしめてくる。受けは背を優しく叩いてやる。
「あのね、攻め。君の優しいところは本当に美徳だと思ってるんだけど、なにもそんな」
「先生はどうしてぼくを信じてくださらないんです?」
「いや」
「ぼくは先生が言うほど優しくありませんよ。見下してきたやつのことは、ほくろの位置まで覚えてるし、全部追いやってやりました」
「それは」
「人の言うなりは大嫌いです。ぼく、誰かのためになんて動きません」
「まあ、たしかに。君は一途なところがあるけど」
そういうところも知ったうえで、心配なのだ。
「やっぱり、他人は怖い?」
「怖くはないです。好きじゃないだけで」
「うーん」
「ぼくが好きなのは先生だけです」
どうしたものか。元気になったと思ってたけど、傷は深かったか。まあそうだよねと頭を悩ます。
「でも、先生が人を好きだから、ぼくも人を大切にしたいと思ってます」
「そうか」
どうしたものかな。こんなに攻めの世界が自分オンリーだったとは。可愛い余り、傍に置きすぎたのかもしれない。
悩んでいると、攻めが体を離して見つめてきた。
「先生、ひとまずでいいから結婚してください」
「攻め」
「ぼくを助けると思って。このままでは信頼できない人と番わされます」
すごく真剣な目で頼まれた。
……なるほど、そういうことか。
ようやく本音が聞けたと安堵する受け。
それなら仕方ないか。
しかし、そうはいっても……苦渋の決断だった。
「わかった」
「先生」
「君が、本当に好きな人ができるまで一緒にいる」
「はい」
「大切な人ができたら、ちゃんと私に言うこと。約束してくれ」
「わかりました」
ぎゅっと手をとられ、受けもようやく笑った。
こうなったからには責任とって、大切にしてあげよう。何、まずは自分をきっかけにして、これから世界を開けばいいじゃないか。
「それまでは、私が君を幸せにするよ」
「ぼくもきっと幸せにします」
今は、ちゃんとこの子の思いに誠意をもって応えよう。いずれ、羽ばたいていったとしても、愛した記憶は消えないもの。