ケーキの向こうのお前が泣いた
受けの声も振り切って、走る攻め。
考えたくないのに、頭の中で感情がいっぱいになる。
――ずっと、待たせてた。
受けはいつも自分を待ってくれた。「遅い」って、怒ってたけど、いつも笑って許してくれた。
だから、それでいいんだって思ってた。ありがたいなって、受けは優しいな、付き合いやすいなって――愛されてるなって。
馬鹿だった。
受けは、どんな気持ちでいたんだろう。
自分が遅れてくるたび、今日俺が味わったみたいな、辛い気持ちをずっと、受けはしていたんじゃないか――そこまで考えて、攻めは否定する。
ないか、じゃない。していたんだ、きっと。だって、受けは俺のこと、好きでいてくれた。好きだって、いつも笑ってくれてたんだから。
怒ったり、泣いたりもそれはあったけど、でも、いつだって、受けは俺の行動一つ一つに、感動してくれてた。
目があっただけで嬉しくて仕方ないって目で、見上げてくれた――俺が今、受けに思っているみたいに。
それくらい、ずっと俺を好きでいてくれた。俺のことを、大事にしてくれてた。
ならきっと、辛くないはずなかったのに。
何にも気づかなかった。ただ、「受けに愛されて嬉しいな」って思ってた――。
攻めの熱を持った目に、涙がにじんだ。ひたすら恥ずかしかった。
こんな俺が、受けに「好きだ」って「別れたくない」って、その面下げて、言えたんだろう。
そんなこと、言える権利、自分にはひとつもないのに。
『お前に受けを好きだっていう資格はない』
あいつの言葉がよみがえる。全然意味が解らなかったけど、今は、わかってしまう。
なんで、こんなに大事にできなかったんだろう。大好きだったのに――今でもずっと、大好きなのに。
俺は本当に、受けのこと、大好きなのに。どうしてこんなに、大事にできなかったんだろう。受けとの時間も、受け自身も――。いっそ恐怖さえ覚えた。
あの日、ケーキの向こうで泣いてた受けを思い出す。「大嫌いだ」って、悲しい声で言った。
どんな気持ちで言ったんだろう。言われたことばかりに傷ついて、気づけなかった。考えるだけで、つらくて吐きそうだった。
走って、走って――攻めはうずくまった。乾いた笑いが漏れる。
「何やってんだろ……」
今も結局、何もできないで、受けのこと一人にして、帰ってきて。俺はいったい何をしてるんだろう。
情けなくて仕方なかった。心細くて、仕方なかった。
これからどうしたらいいんだろう。もう自分が、受けに合わせる顔なんてないんじゃないか。けれど、それでも。
思うのは受けのことだけだった。涙が後から後から、こぼれでた。あの日、逃げた実感が襲ってくる。
こんなに、こんなに好きなのに。もう遠い。自分が、遠くした。さんざん傷つけて、悲しませて。自分が壊してしまった。世界で、いちばん大切な人との関係を。
――もう、二度と戻ってこない。
20/20ページ