2026年エイプリルフール企画SS
「英里さんって、私のこと好きじゃないよね?」
華ちゃんが、俺を見つめた。手には、俺が渡したポーチを持ってた。袋に包み直す。
告白の返事とは思えないくらい、クールだった。
「私こういうの持ちそう? 私のこと見てる?」
「それは、」
華ちゃんはキャップを被り直す。
「あげたい人って、別にいるんでしょ」
そう言って、去っていった。俺に、プレゼントを押し付けて。俺は、呆然と立ち尽くしてた。手の中のそれが、ひどく虚しかった。
ゴミ箱の前で、ポーチを捨てようとする。淡い、ピンク色のポーチ。
「……可愛いじゃんな」
捨てられなくて、じっと見下ろしてた。
◇
「華ちゃん、こんにちは」
「あ。どもー」
「お邪魔します。これお土産」
ソファに寝転んでスマホをしてる華ちゃんに、俺はお土産を渡した。
「こら、華。行儀悪いぞ」
「いーでしょ。私の家だよ」
言いながら、イヤホンをはめ直した。
「何聞いてんの?」
「聞く?」
スピーカーに切り替えた。かなりいかつい曲で、俺はびびる。
「そういうの聞くんだ」
意外。
そう言ったら、「意外かねえ」と華ちゃんは唇をぐいっと伸ばした。
でも、そういって向こうを向いた横顔が、どきっとするくらい、可愛い。儚げで、淡くて。胸がぎゅっとなる。
「うまっ」
ソファにあぐらをかいてドーナツを食べるのは、ちょっと驚くけど、でも、ちゃんと、俺は夢中だった。
ちゃんと、華ちゃんのこと、好きだった。
『えいり』
遠い面影。形が変わるくらい、ポーチを握りしめた。
母さんの家の近くの、海で出会った女の子。
可愛い子で、ひとりで砂遊びをしてた。何度もトンネルを作っては、山を崩してる。
「へたくそ。こうするんだよ」
声をかけると、驚いたように顔をあげた。大きな目を見開いてる。俺は、しゃがみこむと、山を戻し始めた。
「お水持ってきて。手のひらでいいから」
俺が言うと、頷いて、走っていった。言っておいて、ぼうっとその背を見送る。淡い水色のシャツが、光に透けてた。太陽の熱を、強く感じてた。
「名前は?」
手のひらから、水が溢れる。それを受けながら、俺は尋ねた。
「さき」
それから、咲が帰るまで、ずっと一緒に遊んでた。咲は大人しかったから、俺がいつも手を引いて歩いてた。
振り返ると、ほのかに笑う。それがやけに誇らしくて。あちこち、連れて回ったっけ。
海の家で半分こした焼きそば。拾った貝殻。つついたカニの、お腹さえ、鮮明に思い出せる。
咲が、帰る日の前日、二人で夕日を見た。
「一緒にいたい」
咲が、ひと言だけ、言った。俺は、胸がいっぱいで、咲に小指を突き出した。
「約束、絶対また会おう」
咲は涙をふいて、頷いた。指切りを交わす。
「そのときは、結婚しよう」
咲は、目を見開いて、
「うん」
と笑った。
手を繋いで歩いた帰り道、ちょうどお祭りをしてた。俺はおそろいのペンダントを買って、咲に渡した。
咲は大切そうに、淡いピンクのそれを見つめてた。
俺は、嬉しくて。どれほど、咲との再会を心待ちにしてたか、しれない。バカみたいって言われても、一生の恋だった。
「英里、ひさしぶり」
――咲に裏切られるまで、ずっと。
◇
部屋に帰って、机の引き出しから、ペンダントを取り出した。淡い水色のそれ。あの日、咲にあげたものと、ペアになってる。
俺はぎゅっと握りしめた。
涙が落ちる。宝物だった。
でも、そんなもの、最初から存在しなかったんだ。
咲は男だった。俺のこと、なんとも思ってなかったんだ。
あまりに滑稽で、みじめだった。
『ごめん。男だって……言い出せなくて』
『咲』の面影で、謝る咲が許せなかった。
何度だって、捨てようとした。なのに、ずっと捨てられなくて。嘘ついてた、咲のことさえ、恨みきれなくて。
ようやく、新しい恋に、踏み出せると思ったのに。
「咲……」
どうして、忘れられないんだろう。
最初から、そんな子、いなかったのに。
暗い部屋の中、俺はずっと、泣き続けた。
◇
意図したことじゃなかった。
母さんに叩き起こされて、外にしめ出された。部活に向かった。あれからずっと引きこもってた俺に、みんな優しくなかった。
「遅いぞ」
注意もそこそこに、俺は席につく。咲が、心配そうに俺を見てた。
その目を見たら、どうしようもない熱が、胸を焼いた。
――どうして、お前だけ。
「英里、どうした?」
休憩のとき、やってきた咲を連れ出した。桜が降ってる。淡いピンク色を見てると、吐きそうだった。
「お前が好きだ」
咲が、目を見開く。
ちょっとした、意趣返しのつもりだった。
だって、ずるいだろ。俺だけ、ずっと、あの日から動けないんだ。
「俺と付き合ってほしい」
お前がもういないなら。
どこにもいけない気持ちくらい、受け止めてくれよ。
花が降る。
風に舞って地面をくるくる回ってた。
「あ、あの、俺……」
咲が、戸惑ってた。掴んだ手が、震えてる。胸に手を当てて、おろおろしてた。
何、やってんだろ。
俺はうつむいた。俯いて、笑った。あんまりにも馬鹿らしくて。
「嘘だよ」
そう言うと、咲は、「あ」と呟いた。泣きたい気持ちになる。
全部、嘘だよ。そうだったんだろ。
『私のこと、好きじゃないよね』
華ちゃんが去っていく。
そうだよ。でも。
本当なんだ。
ぽたりと、手に雫が落ちた。
雨?
天を見上げる。空は淡い春の空をしてた。目線を戻して、目を見開く。
「咲?」
咲が、泣いてた。呆然と見開いた目から、涙がこぼれてる。
「え、どうした」
伸ばした手を、振り払われた。頬を拭って、背を向けた。
「英里なんか、だいっきらいだ!」
ただ、叫んで。走り去っていく。
「咲!」
小さくなる背に、俺は思わず叫んでた。咲は、振り返らなかった。
ぞっとするほど、痛い響きだった。水を浴びたみたいに、体の芯が冷たくなる。
「咲!」
なんで。
なんで泣くんだよ。
追いかけそうになった足を、踏ん張る。追いかけてどうするんだ。
それで、謝るのか。どうにもならないのに。そして咲だけ、笑って進んでくんだ。
俺の気持ちはどうなるんだよ。
歯を食いしばる。拳を固く握りしめた。
でも。
『えいり』
笑って手を振った、咲の顔が蘇る。
涙をぬぐった、あの手つきも。
「――咲!」
俺は、駆け出していた。
待てよ。
行かないでくれ。
俺をおいて、遠くに行くな。
桜の花の降る中を、走る。
「咲!」
咲の手を、捕まえる。
無茶に走りすぎて、何度か咳込んだ。咲は、手をふったけど、もう離さなかった。
「咲」
咲は振り返らなかった。しきりに、目元を拭っている。
もう、逃げられなかった。
お前が嘘でも、――何度でも。
《完》