2026年七夕企画SS


「もーやだっ! 沙結(さゆ)兄のいない世界へ行きたーい!」

 今日も朝から沙結兄に殴られ、俺のフラストレーションは、もはや限界寸前だった。
 ああもう何で俺は沙結兄の弟に生まれちゃったんだろう。おかげで、朝から晩までいじめ倒されて……こんな日々とはもうおさらばしたい!

 というわけで、俺は必死に、短冊にお願い事を書き付けてた。お誂向きに、通りがかった商店街が七夕の準備してたんだよ。それでさ。

「沙結兄が俺の兄じゃなくなりますように……沙結兄が俺の兄じゃなくなりますように……」

 とはいえ、俺は品格を持った人間だから。沙結兄じゃあるまいし、「江利也沙結(えりやさゆ)、滅してくれ」とかそういうことは書かない。ただ、あいつが俺の兄じゃなくなればもうそれで……。
 ってわけで、俺は係の人に何枚も短冊をいただき、せっせと書いては笹にくくりつけて、手を合わせてた。

「希結(きゆ)、一生懸命お願いしてるなあ」

 怨念じみた唸りが漏れてたみたい。隣の那智(なち)くんが首を傾げた。ペンで直書きの俺と違って、わざわざ鉛筆で下書きしてる。こういうとこ、那智くん意外にマメだよね。
 俺はときめき半分、バツの悪さ半分で、「ううん」とごまかした。つとめて高い、甘い声で尋ねる。

「那智くんは何かいたの?」
「ん? テストで百点取れますようにって!」

 那智くんはにこっと笑って、短冊を掲げてみせた。
 ……そ、それだけ? 下書きしてまでお願いすることがそれ? 俺が言うことでもないけどさ。

「ふーん」

 唇を尖らせてると、那智くんがやさしく俺のほっぺたをつついてきた。はあ。やわらかい指先に、ちょっとうっとりする。

「希結は?」
「ん? ぼ、僕も一緒!」

 慌てて、短冊を背で隠した。やっば。あとで見られることとか考えてなかった。
 クソ兄貴は商店街なんて通らないだろうから、いいけどさ。那智くんに見られるのはちょっと照れくさいかも……。

「楽しかったな」
「うん」
「願い事、叶うといいな」

 手を繋いで帰りながら、俺はちょっとだけ気がそぞろだった。


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