二人で生き合うこと
「師〜匠! ちゃんとご飯食べてください!」
「うん、あとちょっとね……」
「駄目ですっ! ほら、お口開けてください」
頬を引っ張られて、僕は口を開いた。反抗しないのが、一番早いから。レンゲにすくった炒飯が口の中に入ってくる。口に含んだまま本を読んでると、顎を下から押されて、仕方なく咀嚼する。
「美味しいですか?」
「うん」
頷くと、もう一匙きた。まだ飲み込んでないのに、ぐいぐい来る。諦めて本を置いた。
「やっとこちらを見てくれましたね」
「うん」
「さ、熱々ですよ。気をつけて食べてください」
差し出された山盛りの炒飯を、受け取って食べだした。隣に座ると、フェイは香りの良いお茶をいれだす。
「相変わらず、フェイは師匠にまっしぐらだな……」
「ですね」
リーとユーリのささやきが耳に痛い。ふたりとも研究熱心で、可愛い教え子だ。彼らは僕を尊敬してくれてるけど、僕のだらしなさに対しては、本当に諦めてる。だから、この末っ子弟子の甲斐甲斐しさにいつも尊敬と呆れ半分みたいな気持ちでいるのさ。
「師匠? 進んでませんよ」
「はい」
フェイはきれいな瞳でじっと見つめてきた。魔石でもこんな輝きを持つのは珍しい。それだけ魔力が高いんだよね。せっせと食事を進めながら思う。僕は昔から食べるの苦手だから、考え事しないとつらいんだ。
「フェイ。お前も自分のことをしないと駄目だろ。師匠にはりついていないで」
「もう終わりました」
リーの言葉に、フェイは顔一つ動かさず、しれっと答えた。弟弟子のふてぶてしい態度に、リーは顔を赤くした。
「だとしても! 言われたことだけしてちゃ駄目だろ!」
「私は別に、研究者になりたいわけじゃありませんし」
「なら、ここに来るな! 立入禁止だぞ」
「先輩、ちょっと静かにしてください。声に魔法が反応してしまうので」
「――もう!」
ユーリにも後ろから撃たれ、リーが腕を振って怒っていた。僕は口をおさえながら「まちなさい」と止めた。
「フェイ。兄さんたちは立てなさいって言ったでしょう」
「でも。私は師匠に心を捧げているのであって、この人達に頭をたれた覚えはないんですが」
「何だと!」
「先輩」
「もー、喧嘩しないで。僕のこと好きなら、皆のことも好きになってよ」
「嫌です」
リーが顔を真赤にして、立ち上がったときだ。
「お疲れー」
イルゼが入ってきた。どうやら視察から帰ってきたみたいだ。風と土の匂いがする。後ろから、シズもやってきた。手には大きなランチボックスを抱えてる。
「お疲れ様です。あの、ユーリは……」
「うん。そこにいるよ」
「いや、それはわかるんですけど……」
僕の言葉に苦笑しつつ、シズは扉の前でじっとユーリをうかがっていた。リーは背中を叩いて、集中モードのユーリを起こしてやる。
「なんですか」
「シズが来てるよ。行ってあげなよ」
聞くが早いか、ユーリは立ち上がってシズのもとへ駆け寄った。シズは嬉しさと申し訳なさがないまぜの顔で、ユーリを迎えた。
二人は手を繋いで、外に行ってしまった。
「リーも行っておいで。僕とフェイで見とくから」
「そんな、俺が引き受けたのに。師匠の手を煩わすなんて」
「フェイにも経験させないといけないし」
「でも……」
「行こうぜ、リー」
戸惑うリーに、イルゼが手招きする。
「師匠が言ってんだから、いいんだよ」
「そんなわけには」
「いいから」
大股で部屋に入ってきたイルゼが、引っ張っていく。
「こ、こら! 立ち入り禁止だぞ」
「もう出てくし。師匠、よろしくです」
「はーい」
手を振って二人を見送る。リーは心細い顔をしてた。リーは、「しなくていいよ」って言われると不安になるんだよね。イルゼがまあ、励ましてくれるだろう。
じゃ、仕事しよ。
僕は、弟子たちが残していった魔法陣の前に座ろうとする。しかし、がしっと肩を掴まれた。
「師匠。ご飯がまだ半分も減っていませんよ」
「でも、魔法陣……」
「私が見てるので、食べてください」
にっこりと圧をかけられ、悲しい気持ちで炒飯に向かった。ありがたいけど、本当に食べるのが苦手なんだ。徹夜で魔法陣に向かうほうがずっと得意だ。
フェイは魔法陣の前に座ると、眺めだした。
手をかざして、二度三度、式をインストールすると、全部理解したらしい。見守るさまはちっとも焦っていない。
この子は本当に天才だな。
育てば、どれほどのものを、後世に残すだろう。
とは思うのだが。本人にやる気があまりないので仕方なかった。
こういうのって才能は必須だけどやる気が資源だから。
でも、まあ惜しいと思うよ。至上の原石が、一生僕のお世話係で終わるのは。
「ねえ師匠」
「うん」
「晩御飯は、何が食べたいですか?」
僕はむせこんだ。昼ご飯食べてるときに、晩ご飯のことが考えられるもんか。とは思うけど、一生懸命頭を悩ます。
「スープとかあっさりしたものがいい」
「わかりました。お野菜たっぷりにしますね」
「いや、あっさり……」
「形もないくらい煮込みますから、大丈夫です」
決定してしまった。今から晩ご飯のメニューが。
倍、お腹がいっぱいになりながら、僕は炒飯の最後の一匙を流し込んだ。
「たべた」
「よくできました! 師匠」
お皿を持っていって見せると、フェイがにっこり笑って、頭を撫でてくる。フェイは弟子だし、僕のほうがフェイより、十倍は生きてるのに、変なの。
けどなんだか、僕はくすぐったくなって、笑った。フェイはくすりと笑って、僕をじっと見つめた。
その綺麗な瞳を見てると、何だかぎくりとしてしまう。
「さ、さて。僕も見ようっと」
僕は、つとめて明るく声を上げて、魔法陣の前に座った。そうして、あぐらのうえに頬杖をついて、反応を見守るよう、努めた。……不思議に落ち着かない気持ちに、見ないふりするみたいに。
《完》
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