俺だけいつも枠の外


「攻め……」

 攻めが、家の前に立ってた。腕組みして、肩越しに、こっちを振り返ってる。俺はぽかんとする。
 なんで……聞こうとして、ふっと頭によぎった。

『暇つぶしに決まってんだろ』

 ざあっと、一気に心が曇る。熱くなった目元を、隠すみたいにそらした。

「ど、どうしたの……?」

 友のことで、なにかあったのかな。
 俺の言葉に、攻めの気配が固くなる。な、なに? 俺はとっさに、身を縮めた。

「ふざけんなよ、てめえ」

 大股でこっちにやってきた。思わず後退ろうとする。けど、俺より攻めは速かった。手首を強くつかまれる。

「あっ」
「これみよがしに泣いて帰って、ずっと音信不通で」

 腕を引かれて、顔を上げた。攻めの怒った顔が近い。

「あげく、『どうしたの』だ?」

 見開かれた目が、わなわな震えてる。俺は攻めの長いまつげを見てた。

「どれだけ気をもんだと思ってやがる。このトンマが!」

 手首をつかむ手が、汗ばんで、震えてた。俺はそれをぽかんと見つめた。

「――え?」

 どういうこと? どうしたの? ひたすら頭の上にはてなを浮かべてると、攻めが俺を見下ろして舌打ちした。

「その上、こんな薄着で出てきやがって……!」

 上着を脱ぐと、俺にばさって被せた。ぎゅっと胸の前であわせられて、くるまれたみたいになる。攻めのむき出しの腕が、月に照らされてる。

「自分がオメガだって自覚あんのか!」

 攻めの顔は、すごい一生懸命だった。俺は、あいた口がふさがらなかった。はくはくと動かす。

「あ、あの、攻め。いったい……今、攻めはどういう感じなの?」

 出たのは、自分でも意味わかんない言葉だった。だってごめん、まじで意味わかんないから。

「ど、どうしたの? せ、攻め……な、なんか」

 頭がうろうろする。心底、わかんなくて、じっと見上げた。

「心配、してるみたい……?」

 攻めは、目を見開いた。手を振り上げられる。いつものツッコミだ、と目を閉じて身を縮める。
 舌打ちの音がした。手が、いつまでも降ってこない。俺は目を開く。攻めは手を降ろしてて、顔を背けてた。すごくバツが悪そう。

「俺のこと、心配してくれたの?」

 俺はもう一度、聞き返す。攻めの眉間のしわが深くなる。ふんと鼻を鳴らす、攻めの顔は真っ赤だった。ま、真っ赤?

「攻め……」
「べつに、お前のためじゃねえ。勘違いすんな」

 攻めに一歩寄る。顔をのぞき込むと、逆方向にそっぽを向かれた。俺は、じわじわとうれしさがこみ上げてくる。

「嬉しい。ありがと」
「黙れ」

 そっと俺を押しのける手は、優しかった。攻めは、向こうを向いたまま、全然目を合わせてくれない。大きな手は、燃えるみたいに熱かった。
 俺はにこにこ、攻めを見上げてた。

「もう行く」
「うん。ありがとう」

 攻めが帰ろうとして、俺も頷く。俺も一緒に外に出て、背を向けてスーパーに向かおうとした。そしたら攻めが「おい」って、後ろから俺の襟をひっぱった。

「どこ行くんだよ」
「えっ、電池買いに。あとプリン……」
「はあ?」

 攻めは目をむいた。声の大きさに、ちょっとびっくりする。もう夜だよ。まだそんな遅くないけど。

「ふざけんな。病み上がりに、ふらふら出歩いてんじゃねえ」
「え? いや……」

 攻めが舌打ちする。俺の隣に歩み出てきた。

「仕方ねえ野郎だな」
「ん?」
「とっとと行くぞ。歩けオラ」

 見上げると、攻めは顎で促してきた。

「ついてきてくれるの?」
「うるせえ。いちいち聞かねえと気がすまねえのか」

 唸るみたいに、ため息をつかれて、俺は慌てて前に向き直る。スーパーへの道を歩き出した。
 ど、どういうこと? どういう風の吹き回しなんだろ……?
 頭の中が、はてなで一杯になってる。俺のことを心配してくれたの? いったいなんで?
 俺は服を見下ろす。攻めの服は、ちょっとぶかぶかしてる。身長はそこまで変わらないのになあ……。ふわっと立つ香りに、戸惑う。

 車道側を行く攻めを見る。友がいないから、まあそうなのかもだけど。それでもちょっと、落ち着かなかった。


 ◇

「――それで、友彼のやつ、友に何を渡してきたかわかるか」
「んーと、花束とか?」
「鈍い野郎だな……指輪だ! 指輪を渡してきやがったんだよ!」

 だん、と床をたたく。俺は慌てて身を乗り出した。

「ちょちょ、もう遅いから、攻め」
「まじめに聞け! あの野郎、許さねえ……!」
「うーん……」

 攻めが忌々しげに、腕組みした。あぐらをかいた攻めの膝の前に、空のプリンの容器がふたつ並んでた。
 ここは俺の部屋。あれから、買い物付き合ってもらって、お礼にお茶飲んでってもらってるんだけど。そしたら、攻めが、この三日のあいだのことを話し始めたんだよね。

「指輪か〜……もうそんな仲に」
「付き合ってまだ一年もたってねえだろ。重すぎるだろうが」

 親指の腹を噛みながら、攻めが唸る。うーん。俺は首をひねっていた。

「でも、うれしくない? 指輪……。友喜んでたでしょ?」
「そりゃ、友はいじらしいからな。でもそれだけだ」

 ノータイムで切ってくるね……目も据わってるし、これは相当きてますねえ……。俺も腕組みして、うーんと唸る。俺も経験がないから、指輪が早いとか遅いとかわかんないけど。

「とにかく。俺は認めねえ。なんとしても友に指輪を突っ返させる」
「え〜……それはちょっと……」
「何だてめえ、友が可愛くねえのか」

 攻めに凄まれて、俺は弱る。そりゃあ友は可愛いともさ、可愛いけども……。

「指輪は無理だよ。特別だもん……」

 俺は両手を胸の前にあげて、攻めをどうどうと制する。へら、と笑う。

「だって俺だって、攻めからもらったら……」
「あ? そんな未来は金輪際ねえよ」

 がーん。攻めの言葉が頭を打つ。ひどい……。けんもほろろで、俺は眉を下げる。攻めはふんと鼻を鳴らして、ぶつぶつと友彼さんへの怒りを吐き続けてる。

「俺の目の黒いうちは、許さねえ。――おい、聞いてるか?」
「うーい……」

 攻めの言葉に、俺は頷く。
 なんだか、いつもとおんなじ流れになっちゃってますねえ……。さっきの攻めは、何だったのかな……いやまあ、いいんだけど。
 俺は、攻めの眉間のしわをじっと見つめた。長いまつげが、あおい影を落としてる。きれいだなあ。一途だなあ……本当に。

「とにかくこれから、明日の作戦会議だ。今日は寝れると思うなよ」
「あの〜、攻め。俺、病み上がり……あとオメガ……」
「甘えんな。お前はバグだろ」

 えー! さっきと言ってることが違うよ〜。憮然としてる攻めに、さんさんと部屋の明かりがあったかい影を落としてる。俺は、がくりと身を縮めてた。
 恋人の部屋に二人っきりの風情じゃないね……。まあ、幼馴染だし、そんなものか。
 ふう、と俺は息をついた。
 まあ、いいか。体調は治ったし……さっきはなんかまあ……嬉しかったし。必死な攻めの顔を思いかえして、口元が自然とほころんでくる。攻めがぴくりと眉をはねあげた。

「んだよ」
「んーん。じゃあもうちょっとしたら通話にしない? 母さんたち、心配するし」
「仕方ねえな」

 頷くと、攻めは三つ目のプリンを食べだした。怒りには甘いもの? 俺は眉を下げて、笑って。それをじっと、見つめてた。


 《完》


**

続きます。
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