俺だけいつも枠の外

「攻め〜!」

 俺は攻めの背に、大きく手を振った。腕に飛びつこうとして、するりとかわされる。
 俺は、べちゃりと地面に伏した。痛い。

「ちょ、なんでよけるの〜……」
「イヤだから」
「イヤって……」

 あたりから、笑い声がたった。

 ◇

 朝が来た。ずっとアラームが鳴ってる。
 俺は目を固く閉じた。なんだろう、今日めちゃくちゃ頭に響くな。なんとか、止めようと、手を伸ばして、頭の中がくるんと回る。
 え?
 一瞬自分が逆立ちしたのかと思った。けど、ベッドに寝たままだ。ついで、のどが絞れて苦くなる。うめこうとして、胸のあたりがぞっとする。
 なにこれ。やば……。
 気持ち悪い。俺は、げほりと咳込んだ。

 ◇

 ……西日が差し込んでるね〜……。
 半日後、なんとか天井をみあげられるようになった。でもまだ油断大敵な視界の揺れに、目を閉じる。目を閉じても揺れるのやばいね。

「ふー……」

 まさか、自分がオメガの体調不良で寝込むことになるとは……。
 オメガって恋とかで、体調が狂うものらしいんだけど。俺、こんなの初めてだよ。
 ずっと攻めに片思いで、なにか変わったわけでもないのになあ。
 やっぱり付き合えて期待しちゃったのかな。なんか恥ずかしい。じわりと涙がにじんできた。

「受け」

 コンコン、とノックの音が響く。俺は目を開いた。涙をぬぐって返事をする。

「はい」

 母さんが部屋に入ってきた。お茶ののったお盆を持ってる。身を起こそうとすると、「そのままでいいわ」と制される。

「調子はどう?」

 心配そうに覗き込まれて、俺は笑う。

「ありがとう、母さん」

 お茶を受け取って握りしめる。もらったはいいけど、飲むのはヤバい予感がする。母さんはそんな俺をじっと見てた。俺は話をそらす。

「ごめんね、忙しいのに」
「何言ってるの」

 母さんは俺の背中をさすった。ふわりと教室の香りがする。きっと、抜け出してきてくれたんだろうな。ちょっとくらっとしてなんとか耐える。

「ヒートじゃないのに、心配ね。やっぱり病院に……」
「大丈夫、大丈夫。寝たらよくなったし」

 俺は手で制した。母さんも父さんも忙しいのに、これしき。なにより、こんなこと、なんて話せばいいのか。母さんは、心配そうに頷いた。

「そう?」
「うん」
「皆もね、心配してるわよ」
「へ?」
「ほら」

 そう言って、母さんは手紙を見せてくれた。一面に、皆からの言葉が書かれてる。

「受けくん、がんばれ!」
「元気になりますように」
「お大事に」
「また勉強教えてね!」

 皆……俺は胸がじわりと熱くなった。ぎゅっとそれを胸に抱く。布団があったかい。

「ありがと、母さん! すごい元気出た!」
「無理しちゃだめよ」

 母さんは安心したみたいに笑って、立ち上がった。

「じゃあ、母さんまた行ってくるから」
「うん、ありがとう!」

 部屋をでてく母さんを、笑顔で見送った。扉が閉まる音がして、足音が遠くなる。
 俺はぐてっとベッドに倒れ込んだ。

「うぐ……」

 ぐわんぐわんと、頭が揺れてた。
 嘘でしょ〜! 今の元気になるフラグだったよね。ベッド脇の袋に、げほげほ吐きながら、俺はツッコんだ。
 ベッドに二つ折りになって、気持ち悪くない姿勢を探った。

「うっそ〜……もー」

 ふだん風邪とか引かないから、めっちゃ心細い……。
 胸に抱いた、皆からの寄せ書きを確かめた。
 俺の家は、個人塾をやってて。俺も、塾生の子たちと一緒に、そこで勉強してきたんだ。
 攻めと友とも、そこで出会ったのが始まり。

「攻め!」
「友」

 出会ったときから、俺はずっと攻めが好きで。
 友に笑いかける、横顔ばかり見てたけど。

「友、わからないとこあるか」
「おい、泣いてないで、どこわかんないか言え」

 攻めが友に笑いかけたり、困ってる子に、優しくするたび、ずっと素敵だなって思ってた。

「攻め! 俺もわかんないとこあって……」
「自分の頭で考えろ」

「攻め、これバレンタインのチョコ……」
「友、クッキー食べるか?」

「攻め、週末なんだけど……!」
「友と遊ぶ」

 ……待て待てまって。
 期待できるところが一個もないんだけど〜。
 むしろすごいね、俺!

 ちょびっと呆然と、天井を見上げた。虚無ってこんな感じ……? わはは。布団が冷たい。
 いやでも、だって。

「おい、受け。俺ら付き合うぞ」

 って、攻めが言ってくれたんだ。
 友が、友彼さんと付き合うことになった日で。友彼さんとこに笑顔で行く、友を見送ってたときだった。

「へっ?」

 て、ぽかんとしてたら、攻めが、

「返事」

 って言ったから。俺、慌てて、

「はい!」

 って挙手して。そしたら攻めが頷いて去ってった。
 俺はひとり、

「嘘〜……」

 ってつぶやいてた。すごく、嬉しくて。だからつい……。
 ついじゃないよね! もう絶対、脈はなかったやつだよね。「好き」の根拠がないね。因果関係ははっきり見えてたね。

「うっ……」

 また袋に顔を突っ込んだ。くらくらと、視界が揺れる。もう、自虐さえもまともにできないとは……。涙まで出てくるし。布団がずり下がる。

「うぅ〜……」

 だって、つい、浮かれちゃったんだ。長年の片想いが、成就したんだって、飛びついちゃった。
 背中が跳ねた。俺は堪えるのを諦めた。シーツを握りしめる。
 母さんたちが帰ってくるまでに泣き止まなきゃ。だから、もう、思い切り泣いちゃおう。
 大きく、嗚咽を漏らした。


 ◇◇

「ぷは~……」

 俺が回復したのは三日後だった。
 嘘でしょ〜皆勤賞の夢が……! と、おどけてもられない。すごい心配かけちゃった。
 お風呂に入り、湯船から天井を見上げてた。油断すると、まだ泣ける。ウケる。
 ぶくぶくお湯のなかに沈んで、堪えた。
 明日から学校に行くわけだし、気合い入れないと……。俺は膝をぎゅっと抱えた。

 すっきりあったまってお風呂を出ると、キッチンで母さんの困り声が聞こえた。

「どしたの?」
「電池が切れちゃってね。替えがあると思ってたのに……」
「なら、俺買ってくるよ」
「ええっ、病み上がりでそんな……」
「へーきへーき!」

 心配する母さんに拳を作って、元気と示してみせる。ゆっくり休ませてもらったしこれくらいは。ちょっと夜風に当たりたいし、ひとりになりたいし。

「受け、プリンも頼む」
「はーい、他には?」

 兄ちゃんのおつかいも聞いて、俺はカバンを下げて、外に出た。湿気を帯びた風が、頬をなでる。

「えっ」
「遅い」

 攻めが、家の前に立ってた。

 《完?》

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