俺だけいつも枠の外


「おはよー」

 教室に入ると、くるっと振り返って、皆が手を振る。

「受け、おはよ~」
「数学、問三できた? 助けて~」

 手招きされて、俺は笑いながらそっちへ行く。テキストを開いて、わいわい話し出す。
 ふと、視線を感じて振り返る。友がこっちを見てた。攻めと一緒にいるけど、攻めは向こうを向いてて、顔が見えない。
 友はじっと強い目で、俺のことを見てた。

 あの日、攻めに怒鳴って。救護室で大事をとって休んでから、教室に戻ったんだ。

「受け」

 友が扉の前で待ってて、廊下の外に連れ出された。

「どういうことなんだ?」

 腕組みして聞かれる。

「攻めと何かあったのか? 攻めのやつ、あれからずっと不機嫌なんだぞ」
「あー……」

 俺は頭をかいた。これは、まあ……言っておいた方がいいか。

「ちょっと言い合いになってね」
「何でだ?」
「うん、まあちょっと色々あってね」
「色々? 受け、本当にどうしたんだ?」

 友が、ぐっと眉をつり上げた。

「攻めはお前のことを心配して追いかけたんだぞ」
「いや、」
「普通、感謝するものじゃないのか? それを何で……」

 俺はちょっと、天井を見上げた。

「うん、まあそうなのかもなんだけど」
「そうだろう」

 友がうなずく。俺は目をぎゅっと閉じる。息を吸って、吐く。目を開いて、友をまっすぐ見た。

「俺、ちょっとグループから抜けるね」

 友の目が、見開かれた。

「前みたいにいられないから。だから、ちょっと一人で考えたいんだ」

 うん。
 言いながら頷く。うん。だいたい俺の気持ち、これで合ってる。一度言葉にしたら、改めて胸のなかに気持ちが落ち着いた。
 自分でも納得して、友を見つめる。

「……何でだ?」
「え?」
「何でそんなひどいこと言うんだ」

 俺は目を見開く。
 友の目は、迷子みたいに潤んでた。綺麗な魔法の泉みたいな目……眉を下げて、悲しげに俺を見てた。

「俺たちのことが、嫌になったのか? どうしてだ?」
「それは、」
「せっかく、皆が仲良くなって、俺も愛情を信じようって思えたのに……どうして、壊すようなことするんだ!」

 友の大きな目から、ぽろぽろと涙が落ちる。
 真っ赤な頬に、宝石みたいに涙が落ちてた。あんまり綺麗で、悲しげで……思わず胸が痛くなる。

「ひどいじゃないか……! 信じた瞬間、裏切るなんてっ……俺に、何の恨みがあるんだ!」

 ぼこ、と拳で胸を殴られる。何度も打たれて、俺は何も言えなかった。

「ごめん」
「ごめんで済むか! 嘘つき! 裏切り者っ……!」

 わって、友が床に泣き伏した。
 廊下を行く皆が、なにごとかと、俺たちを見てる。丸まった細い肩を見てると、すっごく胸が痛んだ。
 いつも通り、すぐに膝を着いて、背をさすってあげたくなる。
 けど。

「ごめんね」

 俺は、立ったまま、謝った。
 なんていうかね、線がある。俺と友の間には。
 俺はいつもそこを、ぽーんって飛んで、友の元へ行ってた。
 けど今、どうしても、飛び越えらんない。今それをやったら、たぶん俺がばらばらになる。そしたら、真っ逆さま、もう取り返しがつかない。上手く言えないけど、そんな気がした。

「友」

 攻めが駆けつけた。
 友の傍にひざまずいて、体を起こしてあげると、俺を見上げた。

「受け」

 見上げる攻めの目は、想像してたより、怒ってなかった。というより、頼りない目をしてる。ほっておけない、まっすぐな目。

「ごめん」

 俺は振り払って、教室に戻った。席に座ると、じっと手を握り合わせてた。
 今、ここで行っちゃだめ。そう、何度も言い聞かせて。

 ◇

「――受け?」
「あ、ごめん! で、ここはね」

 皆が、心配そうに俺を見てた。
 いけない。俺は慌てて首を振って、問題の続きを話してた。

『受け、大丈夫?』

 あのとき、俺のことを心配して、声をかけてくれたんだ。

『しんどかったら、うちらのとこに来ない?』

 って。何も聞かないで、言ってくれた。ありがたくって、それからずっと、一緒に過ごしてるんだ。
 楽しかった。楽しいぶん、ちょっとさみしい気持ちもわいた。
 けど。友と攻めを見る。二人は俺たちに背を向けて、ずっと話し込んでた。
 ……これでいいんだよな。そう、思うんだ。
 互い違いで、目が合わない。俺たちって、そんなものなのかな。ちょっとアンニュイな気持ちで、俺はひとりごちた。

 ◇

「うん、それが――」

 部屋でずっと、俺は従姉さんと話してた。

「聞いてや、受けちゃん。昨日はあのアホがなあ」

 夏休みにおじゃまするって決めてから、会えないぶんの距離を縮めるみたいに、従姉さんは俺に色々話してくれるんだ。従姉さんの口から聞く、従兄弟の話に、俺は笑う。

「従兄弟は、ほんまに従姉さんが好きですねえ」
「まあな。うざいけど……」
「へへ」

 従姉さんが、照れ隠しに言うのに、笑った。たくさん話すと、言葉もちょっと似てしまうよね。何だかそれが嬉しかった。

「従兄弟は、俺のことなんか話してます?」

 従兄弟から連絡が来てないからね。肝心要の従兄弟が、もしかして、あんまり乗り気じゃないかな? と気になってたんだよね。従姉さんは「ああ」と渋い声を上げた。

「心配いらんで。受けちゃん来る言うたときのもうあいつのウザさといったらなあ。もう筆舌尽くしても尽くしてもたりひんくらいや」
「ええー」
「ただあいつ、スマホないねん。もう高校受かるまで買わんてお母ちゃん言うてた」
「そうなんですか?」
「そ。せやから私が何かあったら貸したらなあかんねやでえ!?も~めっちゃきしょない?」
「ははは……そりゃ大変ですね」
「せやで! こないだも貸して貸して言うから――」

 従姉さんの言葉がとぎれる。

「あーもう、うっさいうっさい! わかったっちゅーんじゃ! ごめんな受けちゃん、またなあ!」

 そう言って、通話が切れた。
 心地よい忙しなさに、俺はなんだかふふ、と笑えてくる。楽しみだなあ。テストが終わったら、皆とも遊びに行こうって、話してるし。

 二人の背中が、ふっとよみがえる。友の涙と、攻めの傷ついた顔も。

「もう、考えるの禁止!」

 ちくちくする気持ちを、一生懸命振り払った。
 今は距離があるからいいけど、顔を合わせたらまた、俺、ちゃんと話せない。くさくさしちゃう。
 首を何度も振って、テキストに向かった。明日から、テスト。そしたら皆と遊びに行って、夏休みが来たら、伯母さんところへ行くんだ。
 俺はおなかに力を込めて、数式を書いた。


 しかし。

「どうも、受けさん」

 頼むから、やめてーーーーー!
 校門の前で、俺は頭を抱えていた。

 
 《完》
 
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