俺だけいつも枠の外
あ、朝日がまぶし~~。
あれから俺は、泣けもせず、ずっと天井をにらんでましたよっと。知らない間に寝ちゃってたみたいで、気づいたら目覚まし鳴ってて。慌ててテキスト鞄にぶち込んで、ご飯食べて、いま学校だよ。
「おはよー受け」
「おはよ~」
「めっちゃ眠そうじゃん」
やっぱそう見える?
まあ、もう俺の立ち居振る舞い、すべて眠い人の挙動だもんね。目をこすり頭はかくかく、足はふらついてるもんね……。吐き気とかない代わりに、今回は眠気かあ。オメガの体って難しいね!
さらっと体質のせいにしながら、俺は教室の扉を開けた。
友が、くるりとこっちを振り返った。いつも通り、攻めと一緒にいる。
「受け」
てて、と友が歩いてきた。わお、かわい。ただ歩くだけでこんなに可愛いから、生きてるってすばらしいね……だめだ、眠くて何言ってるか、わかんなくなってきた。
「おはよ~」
「ああ。昨日、どうしたんだ?」
「ん?」
「まだ体調が悪いのか?」
「へ? ううん」
いけね、心配かけちゃってたか。
俺はあわてて、否定する。
「そうか」
友は、ほっと息をついた。
「それならいいが。あれから返事がなかったから心配していたんだぞ」
はたと、俺は固まった。
返事、返事……。昨日送られてきた写真が、ふわって頭の中によみがえる。
うぐ。俺の心の中が、なんかぴしって固まった。
「人騒がせな奴だな」
遠くから攻めの尖った声も飛んできた。
「まったくだ」
友は、ふうと息をついた。
あれっ、いつもなら、たしなめてくれるのに……。
「――受け。最近、どうしたんだ? お前らしくないぞ」
友はいぶかしげに、俺を見上げた。俺は、
「へ、」
と固まる。
なんか半分寝てた頭から、俺がずるっと引っ張り出された。
「友彼のことを悪く言ったり、勝手に帰ったり。あげく返事もしないなんて」
友は、指折り数える。そして、むっと腕組みをした。困った顔まで、可愛い。
「体調が悪いのなら仕方がないが。そうじゃないなら、ちょっと人として考えものだぞ」
「そうだ。あぐらかいてんじゃねえ」
また、遠くから攻めの声が飛んでくる。二人の非難の視線が、俺に向かってきた。
「っ、」
くわーんって頭に当たって、視界が揺れた。思わず、その場にへたり込む。
「受け?」
「ごめ……」
口元を押さえて、俺はうずくまった。きもちわる。
「おい?」
友が、上からおろおろ、肩を揺さぶってきた。
「どうしたんだ?」
「大丈夫、」
俺は友の手をよけた。
ちょっと今、揺らされるのはまじでやばい。吐き気にうずくまってると、近くにいた女子が、
「受け、平気?」
って、しゃがみ込んで背中をさすってくれた。
温かい。
「救護室行く?」
へいき、と言おうとして止まる。
いや。もしかしなくても、行っておいた方がいいかなこれは。オメガが体調悪いと、皆ヒートじゃないかって不安になるもの。
うん、そうしよう。俺は立ち上がると、外に向かった。
「おろ」
けど、教室から出た瞬間、ちょっと具合がましになる。うん。空気が何か、よく吸えるし、美味しく感じるぞ。腕を上に伸ばす。
「はー……」
呼吸を整えて、壁にもたれた。冷たくて気持ちいい。っていうか、落ち着いたら、なんかまたねむ……。
「――おい」
「うえっ?」
後ろから声がして、俺は飛び上がった。見れば、めっちゃ近くに攻めのシャツが。
「え、ぇ、なに?」
「はあ? ふざけんな」
身を縮めると、攻めは目をむいた。俺の肩をつかんで、ぐるんと向き直らされる。攻めが怒った顔で、じっと俺を見下ろしてきた。
「え、え?」
「具合悪いのか」
「いや、べつに……」
もうよくなったし。
けど、大事をとろうかなと、思いまして……と言うより早く、攻めが俺の腕を肩に担いだ。
「もたもたすんな。行くぞ」
そう言って、ずんずん歩き出した。
お、おっとっとお!
俺は不安定にひっぱられて、よたよたついてく。
「ちょ、攻め」
「ヒートだったらどうすんだ。このトンマ」
派手に舌打ちして、ずっと歩いてる。い、いや~……。
「大丈夫だと思うよ」
「うるせえ、聞いてねえよ。迷惑かけるような真似してんな」
友が万一誘発されたらどう責任とんだ。
目を見開く。
小さく吐き捨てた言葉は、はっきり聞こえた。だって今俺たち、めっちゃ接近してるからね。
「平気」
俺は、攻めの胸を押した。
攻めは、ちょっと油断してたみたいで、後ろに下がる。手が緩んだ拍子に、俺は攻めの腕から抜け出した。
「おい、」
「攻めこそ、俺に近づかない方がいいよ。アルファなんだし」
そのまま、俺は歩き出す。
何か思ったより冷たい声出たな。自分でもびっくり。でも、微妙に泣きそうで泣けない、あの感覚が戻ってきた。目が痛くて、頬が強張る。
「――ふざけんな!」
後ろから、攻めに思い切り、肩を掴まれた。咄嗟に払おうとしたけど、力がやばすぎて、できない。指先が食い込んで、まじで痛かった。
「離してよ」
「はあ? んだよ、さっきから」
「離せってば!」
攻めの腕に、手刀を食らわせた。痛ったい。全然離れないし……けど、攻めは、時間差で手を離した。腕に手をやる。
「なんだお前。この間から、ナメた真似ばっかしやがって……」
攻めが低く唸る。
ぴりって、俺の肌に痛いのが走った。
攻めのフェロモンだ……よっぽど怒ってるみたい。わは、フェロモンで攻撃するとか――友には絶対しないだろうな。
「うるさいなあ! 俺にだって、機嫌悪いときくらいあるよ!」
気づいたら、俺は怒鳴ってた。
わあ、気持ちのコントロールが利かない。俺自身もびっくりだよ。
攻めは、目を見開いて固まってる。なんかその、傷ついたみたいな目を見ると、すっごい切なくなる。けど、ときすでに遅し。俺の口はもう走り出してた。
「ナメた真似って何? そっちこそ、俺にニコニコしてくれたことなんてないくせに」
「受け」
「そっちは日常茶飯事じゃんか! ……ちょっとは、自分の胸に手を当てて考えてみてよ! 『なんで受けはこんな態度を俺にとるんだろう』って! 話はそれから!」
怒鳴り散らして、俺は背を向けた。そのまま廊下を歩き出す。
……すっごい嫌な気持ち。
あんなこと、言いたいわけじゃなかったのに。むかむかしちゃって、もう止められなかった。確かに、俺は最近、おかしいかもしれない。だっていつもなら、
「まあそんなこともあるよね」
って、流せるもんね。
なのに、壊れた蛇口みたいに、ずーっと気持ちが止まらなかった。悪い態度とったのは、確かによくないかもだけど、だけどさ。
「俺ばっか、悪いの?」
三人ばかり、仲良くされて。
あんな写真とか――指輪とか。ずっとずっと、見せられ続けて。前みたいに、笑ってる方が、無理だよ。
俺の心が、狭くなってるの? まあ、たしかにそうかも。でもさ、なんか今はもう。
「つかれた……」
項垂れて、思い切り息をついた。
ちょっともう、考えたくない。
攻めと友と、一緒にいたくない。友彼さんと仲良くしてるとこも、二人で楽しそうにしてるとこも、もう何もかも、見たくない。本当に、考えたくないよ。
今、すっごい頭の中で、俺が「駄目!」って言ってる。
「それ以上、その頭で考えちゃ駄目!」
って。
ずっと俺のこと、後ろ後ろに下げてるみたい。赤いランプなんか、ぐるぐる回してさ。これ以上駄目だよ、って。
「やめよう」
今は、距離が必要。
俺は、思考を遮断する。そんで、二人のことを考えるのをやめた。
「セーフ」
手をびゅんびゅん横に振って、何度も繰り返す。
「楽しいことだけ、考えよう」
話はそれから。
「よし」
気合いを入れ直し、俺は救護室へ向かった。
別にもう、平気なんだけど、一応ね。
ポケットのなかのスマホが震える。見れば、従姉さんからのメッセージだ。
「楽しみにしてるで」
って、一言。俺は笑って、
「うん」
って返した。
うん。俺も、楽しみ。
それから、俺は攻めと友と、距離を置きだしたんだ――。
《完》