断片SS集
ある朝、声がふってきた。
「お前の隣に、未来の大魔王がいるよ」
は? 受けは首を傾げる。いつも通りの朝だ。けどまあ、とりあえず隣を見てみた。
「受けさま?」
ちょこんと攻めが座っている。一年ほど前、行きだおれていたのを拾って面倒を見始めたのだった。名前だって、一生懸命考えてつけた。――この子が? 未来の、大魔王?
そんなバカな~。ははは。受けは一笑にふす。
「本当だっつーの! ちゃんと聞け、このぼけ!」
声にしたたかに怒鳴られて、受けは耳をふさいだ。痛ったあ。頭割れるかと思った……。
「受けさま? 大丈夫ですか」
おろおろ、攻めが受けの背中をさする。大きな目を心配に潤ませている。ほーら、可愛い。それにとっても優しい。ぜったいに、この声のほうが悪いものだ。受けは確信した。
「本当だってば! よく考えろ! そいつの魔力はけた違いだろ」
「そうなの? ぼく魔力ないからぜーんぜんわかんない」
「このぼけっ」
声にさんざん罵倒される。頭も痛いし、さんざんだ。
受けは攻めをつれて、てくてく朝ご飯に向かった。ふたりで用意しておいたパンを焼いて食べる。攻めは「おいしいです」と頬を染めて笑う。一生懸命食事をとっている姿を見て、いやされる。もっと食べさせてあげたいなあと受けは思う。
十八年くらい生きてきたけど、今が一番幸せ。受けは、にこにこ、パンを攻めに差し出した。
◇
しかし、そうは問屋がおろさなかった。
声はしつこかった……。ことあるごとに、受けに「こいつ魔王こいつ魔王」と受けの頭に囁いてくるのだった。
うるさい!
と怒ったのは最初だけで、受けは持ち前の受け流しで、さっさとBGMへと転じさせた。
「だから聞いてって! 魔王だってば」
そうしたら夢にまで現れるようになった。
知らんよ! 受けはこれには参った。受けにとって睡眠は食事より大事なのだ。脅かされるのは、ストレスだった。
しかし、なんとか夢の中で動けるようになり、声を夢の外に追いやった。そうしてまた安眠できると思ったら、今度は人になって現れてきた。
「聞いてって。あいつ魔王なんだってば」
怖っ!! スープを煮ていたら、音もなく知らない男が後ろに立っていた。受けは思わず、スプーンを男に投げた。
「なにもう! お前の方が危険なんだけど!」
「いやだって、聞いてくれないから……聞いてよお願いだから」
肩をひっつかんで揺らしてくる。やだ~~ぼく、とんでもないのに憑かれたんじゃないの? うんざりしていたら、すごい寒気が背中に走った。何? ふたりして振り返る。
攻めが、入り口のところで立っていた。
「攻め」
なんだ。ほっと笑うと、攻めも顔をほころばせた。気のせいか。ほっとしてたら、男が
「うわーーーー!」
と叫んだ。なんか変なダンスを踊りだし、左右に動き出した。
「退散! 退散!」
そう言ってかき消えた。
何だったの。残ったのは、虚脱感と苦い香りだけ……
「っていうか焦げてる!」
受けは鍋に飛びつく。しかし鍋は無惨、いつのまにこんなに焦げたのってくらいに、真っ黒だった。
「とっておきのお肉を入れたのに……」
あの男、本当にろくなことしない。受けはがくりと肩を落とした。
「受けさま」
「ごめんね、またパンだけになっちゃった……」
「受けさまがいればいいです」
ぼくがいても腹はふくれないだろうに。いい子だなあ……。受けはにっこり笑って攻めの頭をなでた。
「だからさ、本当にお願い。聞いて。俺を助けると思って」
「やだよ」
受けはうんざりしながら、追い払っていた。男はほうきを持って、受けを手伝いながら一生懸命に話してくる。
「わかった。じゃあこうしよう。あいつを善人にしてほしい」
「するもなにも、攻めはいい子だし」
「お願い、そういう次元の話じゃないんだよ。あいつの魔力をいいものに換えよう」
ちょっとむっとする。攻めを悪いもののように……にらむと、男の目は真剣だった。
「攻めと一緒に過ごしたいだろ?」
「それは、」
うん。頷くと、男は安心したみたいだ。
「なら、俺の言うことを聞いてくれ。お前は魔力もないへっぽこだから、ぜんぶ俺を頼れよ」
めちゃくちゃ聞く気がなくなってきた……。
「攻めにとってよくないものなら、すぐやめるよ」
「わかってるわかってる」
わかってないだろ。受けは渋った。
しかし、状況を打破したのは、意外にも攻めだった。
「受けさまといられるなら頑張ります」
そう言って、男の提案に二つ返事で乗っかった。
「攻め、ほんとう? 無理してない」
「全然してないです。それより、これからは俺も集まりに呼んでくれますよね」
「うん。え。あいつのこと気に入ったの?」
「ふふ。もうふたりでいないでくださいね」
攻めの意味深な笑みに、受けはショックだった。巣立つのって早いんだな。男はご機嫌に、スープを飲んでいた。
そうして、男の指導のもと、攻めは修行を始めた。何でも、魔力を聖なる力に換えるらしく。熱心に男は教え、攻めもすばらしい吸収力で力をつけているのだが、受けは全然おもしろくなかった。
受けは魔力がなくって、なんも見えないのである。
ひどく攻めが遠く感じ、受けは落ち込んだ。
「どこに行ってもみそっかすか」
生家でもそれで、追い出された。それから一人で頑張って生きてきたけど、ここでも疎外感を覚えることになるとは……。とぼとぼ、晩ご飯の支度をしに帰った。
◇
それから時が経った。
「攻め様ー!」
人々が、受けと攻めの家に押し寄せていた。攻めは聖なる力で、病を治し人を守り、名声はとどろくばかりだ。
受けは、大きくなった家で、スープを煮ていた。攻めを慕う人たちから、いつも食べ物が届けられる。立派になったなあ。受けはパンをこねながら息をつく。
「いやあ、これで俺も枕を高くして寝られる」
男は嬉しげに、パンを食べている。受けは曖昧に笑った。いいことなんだけど、なんだかすべてにおいて実感がなかった。
攻めにとっていいことじゃないか。そう納得させるが、どうにもさみしい。都のほうまで、攻めの評判はとどろいてるらしい。
わかれのときは近いのか……。最近、寝る前にしか顔を見られない。
「結局離れちゃうんじゃないか……」
門出を祝えないなんて、最悪だ。と思うのだが、男このやろう、とどうしても恨み節になってしまう。攻めとふたり、過ごせればよかったのに。こんなのエゴだとはわかっているのだが。
受けの懸念は、正しく……。都から、勇者の一行がやってきた。
しかし、面もちがなんか、ものものしい。勇者たちは厳しい顔で、家を取り囲んだ。
「民を惑わす、エセ白魔導士が! 成敗してくれる」
聖剣をかざし、勇者が攻めに切りかかる。攻めは動じず、剣を受け止めている。
「ちょ、どういうこと?」
「知らん! くそっ……見通しが甘かったか」
男に尋ねると、男は指をかんで、悔しそうにダンスを踊り始めた。
「じゃあ、また!」
そう言って、彼方に消え去った。
よくわからないが、逃げた、ということはわかった。あのやろう、ろくなことしないな! 受けは怒りに燃えたが、そうこうしてる場合じゃない。勇者一行は数で圧し、攻めにまさに剣をふりあげていた。
「やめて……!」
受けは飛び出した。体にひどい痛みが走る。
「受けさま!」
攻めの叫び声が辺りに響く。
それが、受けの最後に聞いた声だった。
◇
最後まで、なんの役にもたてなかった。
「う……」
目を覚ますと、見たことのない部屋にいた。あの世だろうか。それにしても、物々しかった。へんな男にたぶらかされた罰で、地獄にいったのかも。
ぼんやりしていると、遠くから足音が近づいてきた。
「受けさま!」
低い声が聞こえて――体をつめたい熱が包んだ。
「目覚められたのですね……!」
青年が自分を抱きしめ、泣いている。
「攻め……?」
なんだか大きくなっているけど、それしかない気がした。攻めは、受けの頬を手で包んで、笑った。攻めの瞳に、受けが映る。ん? なんだか違和感を覚えた。
「攻め、ここは……」
「俺の城です」
「は?」
城? いうが早いか、人がたくさん、規則正しい足音で、部屋に入ってきた。自分……というか攻めの前にひざまずいて、手にしているものを差し出す。
「さ、どうぞ。薬湯です」
「うん」
ひどくのどが渇いてみたいで、体に染み渡った。攻めはじっとうれしそうに受けをみている。どういうことだろう。
「あの、攻め……」
攻めを見上げて、目を見開いた。攻めの向こうの鏡が、目に入ったのだ。
「なにこれ?」
受けは凝視した。暗い部屋に、自分の瞳が真っ赤に光っている。えっ? 受けは目をこする。けど、何度見ても変わらなかった。狼狽する受けに、攻めが眉を下げた。
「受けさま、すみません」
「え、」
「受けさまを助けるには、俺の眷属にするしかなくて」
「へ?」
「いずれ、元に戻してさしあげますから」
そういって、受けの目元にやさしくふれた。は……。ぽかんとしていると、物々しい足音が。攻めが煩わしそうに、目をすがめた。
「騒々しい」
「申し訳ございません。しかし、早急にお耳に入れたいことが」
攻めと、なんか立派なひとたちが話すのを聞く。攻めの雰囲気がなんか違う。さっきから思っていたことだが、みんな、攻めのことを見上げてるのがわかった。
「勇者の一行が――」
「そのような些事を持ち込むな」
攻めの不快の気配にみんなが一斉にひざまずいた。怖がっているといって、差し支えない態度に、面食らう。受けが思わず、攻めの腕にしがみつくと、攻めは受けを見て一転、にこりと笑う。
「おなかが空きましたか」
やわらかい笑顔は、ちっとも変わらない。けど、周囲の気配はどうだろう。あまりのギャップに、受けは目をさまよわせる。
攻めは懐から、なにか取り出すと、向こうに放り投げた。それは、剣の破片だった。
「加護をやる。存分に遊んでやれ」
周囲は一転、わっと盛り上がる。破片を恭しく受け取ると、外に飛び出していった。
「さ、受けさま。ごはんにしましょう」
頬をなでる指先は、どこまでも優しい。けど、何かが違う。
「今日は、スープも作ったんですよ」
昔の通りのテーブルで、焼きたてのパンを、攻めと囲んだ。なつかしい味をほおばる。
受けは、攻めと自分が、違うところへきてしまったことを感じていた。
《完》