俺だけいつも枠の外
家に帰ったら、テーブルに箱がおかれてた。見覚えのある包装紙を見てたら、キッチンから母さんが出てきた。
「おかえり、受け」
「ただいま、これは」
「ええ、友くんのところから。いつものよ」
やっぱり。差出人の確定した箱を、俺はあらためて見下ろす。高級な焼き菓子の詰め合わせ……中学生くらいからかな。友のお見舞い、攻めの代わりに行くようになってから、節目にはこうして友の親御さんから、お礼が届くんだよね。「これからもよろしく」って。
みんなも喜ぶし、ありがたいことではあるんだけど。でも、なんだろう。ちょっと、今は、何かしょっぱいな……。
「受け?」
はあ、とため息をついてたら、母さんが俺を見てた。手に水筒のお茶を持ってる。
「どうしたの? 具合悪い」
「ううん! 平気」
あわてて首を振る。いけない、心配かけちゃ駄目だもんね。
「そう? 母さん行くけど、無理しちゃ駄目よ」
「うん、ありがと」
俺は笑って、母さんを送り出す。母さんも笑って教室に向かおうとして、「あ」と声を上げた。なんぞ。くるりと振り返る。
「盆の里帰りなんだけど。姉さんがね、受けだけ早く来れないかって」
「へっ?」
「従兄弟君、受験でしょ。勉強教えてほしいんだって」
詳しいことは、またあとで話しましょう。
そう言って、今度こそ母さんは出ていった。俺も鞄を置きに、部屋に向かう。考えたらまだ手も洗ってなかったよ。
手を洗いながら、母さんの言葉を反芻する。俺だけ早くかあ。
お盆はね、塾がお休みになるから、毎年母さんの実家に帰ってるんだよね。旅行だし、いいとこだし、いつも楽しみにしてるんだけど。
でも俺だけ行くって、ご迷惑じゃないのかな? 母さんの実家とはいえ、伯母さんの家だし。伯母さんちって忙しいしさ。いいのかなあ。
とりあえず晩ご飯でも作りながら考えよう。俺は、袖まくりをした。
「ああ、受けちゃんか? すまんけど、来れるだけはよう来てくれん?」
晩ご飯と塾が終わった後、俺は伯母さんと電話してた。母さんと話してたのがこっち来たんだけど、元気な声が、耳に突き抜ける。
「でも、お邪魔じゃ……」
「何、子供が気ぃつこて! それやったら来てや、あのアホがなあ、も~手におえんねんほんまに」
「せやで、受けちゃんはよ来てぇ!」
電話の向こうから、従姉さんの声も聞こえる。「あ、こら」って伯母さんの声がして、従姉さんに代わった。
「あいつ、手ぇ空いたら無駄に家手伝いやがるやろ、せやでもう、夏休みは地獄なんや~! うちらの犠牲を減らす為にもはよきて、ほんで勉強でもさせといて~!」
「あほ! なんちゅう誘い方しとんねん。そういう訳……とちゃうけど、受けちゃん、用事ないにゃったら是非に来てや」
待っとるさかい、頼むわ。
向こうで、伯母さんと従姉さんが手を合わせてるのが、目に浮かぶ。母さんが苦笑しながら、俺からスマホを受け取った。
「まあ、お姉ちゃん。受けも用事あるやろし、すぐはわからんけど……」
「行こうかな」
「せやんなぁ……んっ?」
お母さんの綺麗な二度見を見ながら、俺は頷いてた。
「せっかくだし、行きたいな。いいかな?」
「そりゃ、いいけど……もしもし、お姉ちゃん? ええやって」
やったー! って声が電話の向こうから聞こえた。
元気な声に、俺は嬉しくなった。
「よかったの、受け」
「うん! 先に行ってるね」
母さんに、笑い返す。何かちょっと、すっとさわやかな気持ちになってた。
そうだね。なんかすごい悲観的になってたけど、俺も、予定いれたらいいんだ。
なにも「孤独だ……」とか鬱々と過ごさなくても、俺は俺で、楽しく過ごせばいいんだよね。伯母さんちの、暑いけどすかっと開けた場所を思い浮かべる。
「塾のみんなに会えないのは寂しいけど……」
「ばかね。気にしないで行ってきなさい」
母さんが笑って、俺をこづいた。俺も笑う。
夏休みの予定、ゲット!
さっそくスマホにいれとこ。鼻歌を歌いながら、俺は部屋に戻った。机に広げたテキストの上に、ぽんっと放ったスマホを取り出す。まずはテストをクリアしないといけませんな、俺は気合を入れなおす。
「ん?」
メッセージの通知が来てる。誰だろ。
「およ」
友からだ。
珍しい……タップすれば、「大丈夫か」とひとこと。おろ。
「大丈夫。今日はごめんね」
って返したら、
「そうか」
って返ってきた。
「お菓子ありがとう。おじさんおばさんによろしく」
って送る。既読がついて、返事が途切れる。話、終わったのかな? しばらく待って、俺はスマホをおく。
俺は勉強を再開しつつ、ちょっと嬉しくなった。もしかして、心配してくれたのかな。申し訳ないけど、今は胸にしみるかも。
なんでも前向きに考えた方が、いいのかな。そこで、ぴた、とペン先が止まる。
「……攻めのことだけは、違うかな」
どう見ても、詰んでるし。俺自身が、攻めに一番に見てほしいなら、もうどうしようもないんだよね。友の右手の薬指にはまった、綺麗な指輪を思い出す。
「ずっと俺が一番だって」
友が、嬉しそうに言って、見せてくれた。
いかん。また落ち込んできた。首を振って、テキストに向かった。従兄弟にも勉強を教えてあげるんだし、しゃんとしないとね。
楽しいことだけ、考えてよっと。
『思考停止してないで、考えたらどうですか』
友彼さんの言葉が、ぶんって頭の中を通り過ぎる。んもお!
俺は額を机にぶつけた。ほっておいてくださいよ、とひとりごちる。そのとき、スマホの振動が、額に伝わる。えっと〜、何々。
友からの返事だ。
「どういたしまして。俺も家族で休憩中だ」
言葉と一緒に、写真がついてた。
つないだ手のアップ。友の手と……たぶん、友彼さんの手かな。隣り合って座ってるみたい。友彼さんと勉強してるんだ。
もう一枚、送られてきた写真を見る。さっきより引きで撮られてて、見慣れたテーブルが写り込んでる。テキストとお茶とお菓子が、向かい合って並んでた。白い制服がぼやけて映って……。
「うわあああああああ!」
思わずスマホを投げそうになって、ぐるぐる回した。
も~! もお~~もお~~~!
牛になって、心の中で叫びまくる。もう! 気持ちの逃げ場が! ない! よ! いま、深夜! んもおおおおお!
ベッドに倒れて、とりあえずばたばた悶えてみる。
「うるせえぞっ」
って兄ちゃんに壁殴られた。ごめん、ごめんって兄ちゃん。
涙がぶわって浮かんだ。
何これ。何これ。何この仕打ち。あっ、仕打ちって言っちゃった。だって、だってさ。
「ひどい……」
ひどいじゃんか。
俺はいま、ひとりで勉強してるのに。そりゃ、己の足と意思で、帰りましたけども。涙は瞼まで浮かぶのに、うまく流れてもくれない。とりあえずすっきりしたいのに、こういう時に限って、涙まで出ないとか。体にも裏切られた。
ばたりと、仰向けになって、天井を見上げた。
「う……」
嗚咽だけ漏れるし。
ちょっと意識的に、続きを漏らしてみる。涙も出て、すっきりできないかなって思ってさ。「よかったね」って返事返す気に、どうしてもなれないよ。
「ひどいよ、攻め……」
友も。
俺たち、つきあってるよね? 友達だよね? これ、俺、恐らく泣いていいよね?
今まで枠外ながら、絆はあるって思ってた。けど、なんかもうわかんないよ。ぐらぐらしちゃって、いやなことばっかり、考えちゃうよ。
そもそも、俺たち友達だったの?
とかさ。そんなこと、考えたくないのに。
「お菓子なんかいらないよ……」
ただ、あったかい何かが、ふたりから欲しい。攻めと友ほどとは言わなくても。今、俺といるって、顔をしてほしいよ。
こうこうと明かりのついた部屋。泣けもしないまま、俺はずっと、嗚咽だけ漏らしてた。
《完》