俺だけいつも枠の外


「何がいいですか」

 自販機の前で、友彼さんが俺に尋ねた。

「あ、おかまいなく」

 この間から、なんかフランクに奢ろうとしてくれるな。そんな人だったっけ……俺は手の中のお茶を握った。買ってくるって出てきたはいいけど、この子もまだ冷えてるくらいなんだよね。

「どうぞ」

 にゅっとお茶が目の前に。ん? 俺は友彼さんを見上げる。友彼さんはブラックコーヒー片手に、お茶を俺に差し出してた。

「えっ、いや俺は」
「もう買ってしまったので、飲んでください」

 まじか~……。気前がいいというか、何というか。

「ありがとうございます」
「いいえ」

 俺はひとまず受け取った。あとでお金返そう。奢ってもらう理由、ないもんね。
 両手にお茶を持つという、ちょっとわんぱくな絵図になった。と、とりあえず飲むか……。俺は先に持ってた方をあおった。夏だし冷えたお茶は美味しい。さっさと飲みきってしまうと、そっとゴミ箱に入れて、友彼さんの方をあけた。

「あっ美味しいです」

 友彼さんがこっちを見てるので、頭を下げた。友彼さんはじっと俺を見て、「いえ」と笑い出した。えっ、もしかして飲んじゃいけなかったやつ?

「子供だなあと思って」
「えっ、すみません。もしかして友のでしたか?」

 さりげなく渡してくれとか、そういう? 俺の言葉に、よけいに友彼さんは笑った。本当に何。友彼さんの笑いのツボがわからん。

「すみませんね」

 しばらくして、笑いをおさめて友彼さんは言った。ん? 俺は首を傾げる。

「子供に花を持たせてあげようと思ったのですが。どうにも意気地なしで」

 ……俺が?
 いきなりきた批判に、俺の眉がよる。唇を真一文字にして、「すみません」と言うと、友彼さんは「はあ」と息をついた。

「いつもこうですか?」
「へ?」
「集まりですよ。いつもこういう感じなんですか」
「はあ」

 何? わからないなりに頷くと、「そうですか」と、友彼さんは、また息をついた。長い指の中に黒い缶が、なんか映えてる。

「あの日は、そもそも分断が目的でしたから、気にしなかったですけど」

 あの日……とは、四人でデート行ったときのかな。確かに、あのときは「二人っきりにしてくれ」って友に頼まれて。それで、なんか大喧嘩になったよね。
 それが今や、こうなんだもん……って、いかんね。お茶をほっぺたにつける。どう考えても卑屈になっちゃう心をクールダウンした。

「よく我慢してますね」
「いや、我慢とかはべつに……」
「でなきゃ、抜け出したりしないんじゃないですか」

 俺は口ごもる。げえっもう、ばれてるじゃん。
 それでさっき、笑ったってこと? こここ怖っ! 俺は、おののいた。身をすくめるけど、友彼さんは平然としてる。怖いよー。話、流れないし。ちょっと防御しつつ返した。

「友と攻めは大親友ですから。気にしてたら友達できないです」
「恋人は?」
「恋人もです」

 何~もう。めちゃくちゃつっこんでくるじゃん。ちょっと弱って、俺はお茶をちびっと飲んだ。恵んでもらってる以上、何も言えないね。お茶をすすっていると、友彼さんが、「そうですか」と笑った。

「俺は気になりますよ。虫酸が走ります」
「えっ」
「君だって、そうじゃないですか」

 また、コーヒーを一口飲んだ。正面を見たまま、友彼さんは続けた。

「だから、手懐けました。位置づけを、わきまえてもらおうと思って」
「そ、そんな――手懐けるって」

 前も思ったけど、そんな失礼な。攻めにだって、心があると言うのに、なんて言いぐさを。俺はむっとして、友彼さんをにらむ。けど、友彼さんは余裕の顔で笑う。俺たちはじっと、見つめ合った。

「じゃあ、さっきのも嘘なんですか?」
「ん?」
「ボウリングしてたじゃないですか」

 超楽しげに……俺の追及に、友彼さんは笑った。

「はは。嘘も何も、あんなのつきあいじゃないですか」
「つ、つきあい?」
「君は打ち上げで不機嫌でいるタイプですか?」

 うぐっ、それは……って、ちょっと!

「りょ、旅行も行くんでしょ?」
「行きませんよ」
「そうですか――へっ!?」

 俺は頷いて、友彼さんを二度見した。友彼さんは、あっけらかんとした調子で、俺を見てる。

「友さんに、そのとき両親と顔合わせしてほしいと言われましてね」
「はあ」
「攻めさんの労いのための家族旅行でですよ」

 あ。俺は固まった。友彼さんは、笑って、コーヒーをまた一口飲んだ。

「さすがに馬鹿馬鹿しくないですか?」
「そ、その……友は、攻めのこと、家族って思ってて……」

 俺のフォローに、友彼さんは「は」と息をついた。

「俺の家族じゃないですよ」
「うっ……」

 た、たしかに……そうかもだけど。友彼さんは、壁にもたれて、天井を仰いだ。

「そもそも、そんなに暇じゃないですし。もう少し泳がせてから、断ります」
「は」
「金の動かない範囲でね。面倒なので」
「は、はあ……」

 俺はひたすら、アホ面をさらしてた。な、なんて言うか、いやまあ、気持ちはわからないではないんだけど。

「君も、ふたりに言わないでくださいね」
「えっ?」
「肩を落としてもらわないといけないので」

 にこ、と笑われて固まる。手の中のお茶が重い。えっ、ちょ、そういうこと?

「ちょ、か、返します!」
「いりません。もう飲んだでしょう」
「困りますって、そんな……」
「困るんですか?」

 え? 友彼さんは、意外そうに笑ってた。

「君のことだから、すぐに話すと思いましたよ」
「そ、それは」

 一応聞いたことだし……。友彼さんは、にこにこ、俺を見てる。

「いけませんね。知らぬふりで、後ろから撃つつもりでしたか」
「ち、違います!」

 俺は腕をぶんと振り下ろした。意味のない動きだけど、気合い。笑ってる友彼さんに、にらみ返す。

「なら、言わせてもらいますけど! そういうのってよくないと思います」
「へえ?」
「嫌なら嫌って言えばいいじゃないですか。それをそんなだまし討ちって」

 友彼さんの目が、「君が言うんですか」って言ってる。よけいに腹立つ。

「友彼さんは、俺と違うでしょ。話、聞いてもらえるでしょ! だからそんなことしようって思うんですよね!」

 言いながら、悔しくなってくる。

「ずるいですよ! 俺なんか、そんなことしたって、どうにもならないのに」

 っていうか呼ばれないしね!
 むかむかしながら、意気も荒く友彼さんを責めた。途中で、超八つ当たりしてるよって、冷静な声が響くんだけど、止まらなかった。だって、ずるいよ。

「俺がほしかったものなのに、横からかっさらって……! 適当なこと、しないでください!」

 渾身で叫んだ。息をついてるうちに、冷静になってきた。俺、情緒不安定もいいとこじゃん。さっきまで、なかよしなことにヘコんでたのに。でも、真ん中は変わってない。

「うらやましい……」

 ひっどい声が出た。

「なんで。俺の方がずっと、二人のこと大好きなのに……」

 お茶をぎゅっと握りしめた。悔しい。ひどい。やり場のない気持ちが、ぐるぐる回ってて、どうしようもなくて、ひたすら、俯いてた。

「本当に、子供ですね」

 友彼さんの声が、降ってくる。

「関係は、愛情の多寡じゃないでしょうに」

 あきれたように言われて、顔が熱くなった。

「わかってます」

 そりゃあそうですね。そうですけども。

「それしか、縋るとこないんです。ほっといてください」

 おーれーは、何をやってるんですかね。こんな公共の場で……。よけいに情けなくて、うなだれてたら、後頭部に何かのった。

「そんな報われなくて、なんで好きなんですか」

 友彼さんが、近くにきてた。ってことは友彼さんの手か。俺は身を起こすと、憮然とした。

「好きだからです」

 本当にね。友彼さんは、「やれやれ」と笑った。

「思考停止してないで、考えてみたらどうですか」

 ……わからんよ。ひとまず俺は、落ち着くためにお茶を飲んだ。

「面倒くさいですね。君たち、似たもの同士ですよ」
「すみません」
「否定しないんですか」
「そりゃ……」

 似てるかはさておき、俺がめちゃくちゃ面倒くさいこと言ったのはわかるし。友彼さんが、ぽんぽんと俺の頭を叩いた。

「相性がいいとは思えません」
「ほっといてください」

 はあ、俺は長い息をついた。はあ……。落ち込む気持ちを、どうにか振り払う。つらいっす。だって、だってさ。

「二番ですらないんだ」

 一番ポジになれないんだって、へこんだのもつかの間で。俺のポジなんて、どこにもなかったんだって。ずっとパンチ食らってる。

「すみません。八つ当たりしました」

 俺は頭を下げる。ふつうに、嫉妬と、八つ当たりだよね。圏外なのに。ぱっと顔を上げて、笑った。

「俺、帰ります」

 このままいても、空気悪くするだけだし。取り出した小銭を友彼さんに押しつけて、俺は背を向ける。

「あれっ友」

 戻る道で、友と行き合う。

「飲み物買うの?」
「帰ってこないから」

 あ、友彼さんを探しにきてたのか。俺はにこっと笑って指さす。

「友彼さんなら、向こうにいるよ」

 友は黙って、「知ってる」と言った。俺は、脇をすり抜ける。友に、腕を掴まれた。

「へっ」
「……友彼と」

 声が小さくて、聞こえなかった。首を傾げてると、友が手を離した。そのときに、指輪が光る。また、胸に刺さった。

「俺、今日は帰るね」
「えっ」
「じゃ、ごめんね。また明日」

 俺は、手を振って鞄をとりに戻った。席には攻めが一人、座ってた。

「遅い」

 不機嫌そうな攻めに、俺は笑った。

「ごめん」
「ふん」

 攻めは、ふいと顔を背ける。俺は鞄を取ると、肩に掛けた。

「おい」
「ごめん、今日は帰るね」

 三回目の、帰宅宣言は、なんかちょっと笑えた。

「ふざけんな。勝手なこと言ってんじゃねえ」

 攻めが怒る。けど、俺はその場を後にした。支度をすませて外にでると、照りつけるみたいに暑い。腕をかざして、歩き出す。
 結局超グダグダで、迷惑かけちゃったなあ。こない方が、水も差さないで、すんだのに。いや、それも、願望かな。

「――おい!」

 背中に声がかかって、振り返ったら攻めだった。向こうで、怒った顔で立ってる。そのまっすぐな顔を見てたら、すごく悲しくなった。
 見てくれてない訳じゃ、ないんだよね。見てくれた。あのとき、話だって。
 それでも。

「ばいばい」

 俺は、手を振った。攻めの目が大きくなった。俺は笑って、何度も手を振って――背を向けた。
 一番ポジ、ほしかったな。
 帰り道を歩く。まぶしさに、ずっと目に手を、かざしながら。



 《完》
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