断片SS集
目が覚めたら、真っ白の天井だった。
「気がついた?」
天使みたいに綺麗な男の子が、俺を見下ろしてた。険しいくらい、真剣にこっちを見てる。
「ここは……」
ツンとした薬の匂い。どうやら、病院みたいだ。男の子は、
「心配したんだからな」
って、目から涙をこぼした。胸が痛くなるみたいな泣き方だ。……けど。
「あのう、あなたは……」
ついでに俺は。
「誰ですか?」
男の子の目が、大きく見開かれた。
看護師さんたちの足音が、だんだん聞こえてた。
◇
「受けさん」
「攻めくん。また来てくれたんだ」
当然じゃない。
笑う彼に、俺はくすぐったくなる。あれから、お医者さんのお話を聞いて、俺は落ち着いた。
お医者さんいわく、俺は階段から落ちて、記憶が一部、すっぽ抜けてしまったらしい。
そんなことってあるのか。
「軽いな」って、思われるかもなんだけど。あんまり動揺してない。
「受けさん、ゼリー持ってきたけど。食べられる?」
「ありがとう、いつも悪いな」
「当然じゃない」
恋人なんだから。
攻めくんの照れた声に、俺もつられる。攻めくんいわく、攻めくんと俺は付き合ってたんだって。びっくりしたけど、不思議と違和感はなかった。
攻めくんといると、すごく安心する。だから、悩まないでいられるんだ。
「美味い」
持ってきてくれたゼリーの味、ひとつとっても。攻めくんと一緒に過ごした時を感じるから。
◇
退院してからも、攻めくんは変わらず俺のことを支えてくれた。
俺たちのことも、攻めくんに聞いた。
「恥ずかしいから」
って、あまり教えてくれなかったけど、攻めくんの俺への気持ちは、たくさん聞いた。
俺たちが出会ったのは、一年前で。出会ったときから俺を好きで、最近、告白してくれたみたい。
「ずっと好きだった」
そう言って見つめられた時、なぜだか俺は、泣いてしまった。攻めくんは、俺を抱きしめて、「本当に好き」って繰り返した。俺は何度も頷いた。
付き合いたてで、こんなことになったのに優しい攻めくん。
俺も、大切にしたいって思った。
◇
それからしばらく、ときが経って。
俺は、部屋でスマホを眺めてた。
ばきばきに割れたスマホは、ちゃんと生きてる。でも、ひとつだけ、鍵のかかったフォルダがあって。パスワードを覚えてない。
なにげなく俺は、4桁の数字を打ち込んでみた。攻めくんの友達から、こっそり聞いた攻めくんの誕生日。
「あ、」
フォルダが開いた。
自分の気持ちに照れたのも束の間、俺は目を見開く。
フォルダには、写真がいっぱいあった。
攻めくんの写真だ。予想通りすぎる。けど、なんだか今より。
「小さい」
写真の攻めくんは、幼かった。
なぜだか、心臓の音が大きくなった。背に何か、のしかかったみたいになる。なのに、指は止まらなかった。
写真の攻めくんの姿は、どんどん幼くなる。攻めくんはいつも、天使みたいな顔で笑ってた。
「攻めくんに、写真もらったのかな」
妥当な答え。けど、笑った声は、なんか乾いてた。最後の写真に行き着く。小さい攻めくんと俺が、手をつないで笑ってた。
――どうして。
疑問が音になったとき。
俺の頭が、ざあっと開けていった。写真がはためくみたいに、俺の頭の中をばたばた撫ぜてく。
俺と攻めくんが出会ったのは、一年前じゃない。
ずっと昔から、一緒にいた。
けど、離れ離れになったんだ。
俺が、攻めくんに告白したから。
「冗談じゃない」
攻めくんは、チョコをゴミ箱に捨てた。ひどく裏切られたって顔で。
そうだ。
俺が、壊した関係だった。ずっと仲良しだったのに、親友だったのに。どうしても好きで、攻めくん――攻めの信頼を裏切った。
それから、ずっと避けられて、なのに諦められなくて。攻めに恋人が出来たって聞いて、本当に思い切ろうって、遠くの学校に行ったんだ。
それで、あの日――。
「待てよ!」
なんでか追ってきた攻めから逃げて、俺は階段から落ちた。
病院で、泣いてた攻めの顔が蘇る。
どうして、攻めがこんな嘘をついたのかわからない。けど、傷つけたんだってことはわかる。
きっと、ずっと――すごく前から。
「受けさん?」
不意に声がして、俺は身を跳ねさせた。
ドアのとこに、攻めが立ってる。優しい笑顔で。けど、俺の顔を見て、心配そうなものになる。
「どうしたの。具合悪い?」
攻めが俺の方へ駆け寄ってくる。頬にそっと、手を添えられた。
……思い出したって、言わなくちゃ。
「もういいよ、ごめんな」
って、攻めを解放しなくちゃいけない。
なのに。
「受けさん、辛いの?」
優しい攻めの顔は、ひどく懐かしくて。
言葉が出ない。代わりに涙が、あとからあとから溢れた。
ずっと、時が戻らないかって思ってた。何もいらないから、前みたいに笑ってほしいって。
「受けさん、」
攻めが、俺を呼ぶ。そこだけは、違った。
自分のずるさを表すみたいに。
俺はずっと、泣き続けた。
《完》