断片SS集


 仲直りは、いつもリンゴだった。

「受けちゃん、おもちゃ壊した」
「受けちゃん、おやつ食べちゃった」
「受けちゃん、遅刻した」

 攻めはいつも、手を合わせて謝った。ぎゅっと目を瞑って、祈るみたいに俺を待ってた。
 俺は怒ったけど、攻めがそうすると、いつも何も言えなくなって、目を閉じた。
 そして、台所に行って、リンゴを剥いた。

「受けちゃん」

 俺は何も言わない。黙って赤いリンゴを包丁で真っ白にする。切って皿に乗せて、攻めの前に置く。

「もういいよ」

 そして頬杖をつく。攻めはリンゴを見おろして、おずおずと手を伸ばす。一つ頬張って、咀嚼する。しゃくしゃくとした音だけ響く。
 攻めは、泣きそうな顔で笑う。

「美味しい」

 そう言って、皿を真ん中に押し出すのだ。


 ◇


「受けちゃん、ごめん」

 俺は何も言えなかった。
 攻めは、項垂れて、床に手をついてた。俺は攻めを見おろした。

「本当に、覚えてないのか」
「酔って、気づいたら、朝で」

 俺は口を抑えた。目を閉じた。ゆっくり、かろうじて息をつく。焼け付くように胸が痛い。
 何かの夢であって欲しかった。

「ごめんなさい。向こうとはなかったことにした」

 頭が揺れた。ずっと攻めのつむじを見てた。もう一度、息を吸う。
 ……リンゴを剥かなきゃ。
 俺は、台所に向かった。冷蔵庫から、赤いそれを取り出して、包丁を滑らせる。これで、終わり。
 指に包丁が当たった。頭の奥がひやりとした。赤い筋が指に走る。
 涙がこぼれた。
 俺は指先を水に流して、リンゴを切った。
 皿に並んだそれを、攻めは見下ろしていた。

「食えよ」

 それしか言えない。
 攻めが食べたら、この件は終わりだ。いつもの笑顔で、食べるんだろう。口の中が苦い。けれど、そっちのほうがましだった。

「いいから」

 俺は、目を閉じて、促した。
 攻めはおずおずと手を伸ばした。口を開いて、閉じる。
 小さく、かじる音がした。
 攻めの目から、涙が落ちた。あとからあとから、テーブルに跡を作る。
 攻めは顔を上げなかった。何も話さなかった。ただ、りんごを持ったまま、泣き続けていた。

 《完》

1/8ページ
スキ