俺だけいつも枠の外
「どうも、受けさん」
「こんばんは……」
十分くらい後。
俺と友彼さんは、公園で落ち合っていた。促されるままに、ベンチに座る。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ペットボトルのお茶を受け取る。温い空気に、ひんやりして気持ちいい。さっそく一口飲んだ。うま。
「来てくれてありがとうございます」
「いえ……ははは」
何かこういうの、久しぶりだなあ。友彼さんが、攻めのことで話すときは大抵ここだったんだよね。「攻め、往ねぇ!」って言ってさ。はは、それが今や……。
――いかん。
「あの〜お話したいことって……」
切り替えて、隣の友彼さんに聞く。こうしてわざわざ俺を呼び出すってことは、たぶん友のことだと思う。何かあったのかな? 俺はじっと見上げる。友彼さんは、俺を見返して笑った。
「なんのことはありませんよ」
と言った。ん?
「フォローに来たんです」
「へ?」
変な声出たけど、友彼さんはスルーした。ベンチにもたれ、超、落ち着いたスタイルで続ける。
「あなたが体調を崩されたと聞いて。ああ、これは私どもの落ち度だなと思ったんです」
「そ、そんな……! そんなことないです!」
静かな物言いに、俺は慌てて首を振った。友彼さんは片手を上げ、
「無理しなくていいです」
とやんわり俺を制した。
「今回のこと。あなたが一番、皆に心を砕いてくれていました」
友彼さんと目が合う。
「それなのにあんなことをされたら。誰だって自分の存在意義を疑いますよ」
「そ、そんな、」
あんまり静かに言われて、俺も戸惑う。両手をわたわた振って、否定した。
「そんなの。俺がしたくてしたことで――」
「受けさん」
友彼さんの静かな声が、俺をさえぎる。
「あなたはもっと、理不尽に怒る練習をしたほうがいいですよ。今回のことは、私たちの落ち度です」
「そ、そんな……」
お、おろ……俺は気持ちも視線もうろうろする。
「ど、どうしたんですか? いきなり……」
そんなこと言われたことないし、なんかこのトーンもさ。友彼さんの向こうの自販機が、やけに明るく見えるよ。友彼さんは、そんな俺を置いて、「いえ」とあくまでゆったり続けた。
「あなたには感謝しているので、世話を焼きたくなったんです」
「友彼さん、」
「あと」
友彼さんは言葉を区切った。
「心配することはありませんよ。和解なんて嘘ですから」
沈黙。
「……えっ?」
「適当に丸め込んだんです。思ったより彼、単純でした」
「なっ……ちょっと!」
丸め込むって! 思わず拳を握り、友彼さんに向き直った。
「ひどいじゃないですか。友も攻めも、打ち解けたって、喜んでたのに……」
ふたりの嬉しそうな顔が蘇る。俺の訴えに、友彼さんは、ほんの少し目を見張った。何その顔。
「君は友達思いですね」
にこ、と微笑まれる。
いや、友達思いっていうか……え?
戸惑う俺をさらに置き去りに、友彼さんは続けた。
「俺は、ああいう面倒な人が恋人だと楽しいんです」
「え?」
お空を見上げる目は、言葉の通り楽しそうで、なんていうか、愉快って感じだ。
「嫌になったら別れればいいですしね」
「わっ!?そ、そんな……!」
爆弾発言に、俺は慌てる。えっ?
「と、友のご両親に挨拶に行くって……」
俺の言葉に、友彼さんは「はは」と笑った。
「純ですねえ。俺の親じゃないですよ」
え? え? 俺の親? なにそれ? そういうものなの?
ちょ、ちょっと待って。頭が追いつかないんだけど。目を白黒させてる俺に反し、友彼さんは天気の話してるみたいに、続けてる。
「第一、友さんの願い通り、こっちはキス一つしてないんです。何も問題ないでしょう。むしろ、愛を証明すべきは友さんだと思いませんか?」
「そ、それは……」
いきなりの問いかけに俺、動転。
え、そ、そうなの? わかんない。あんまりこう、普通に話されると、そんな気が……するか? いやでも、友彼さんってそういう……え? この人どんな人だっけ。
「恋は対等ですよ」
そう言って、友彼さんが俺を見た。
「君はどうですか」
「えっ……」
「どうも俺と同じタイプには見えません」
俺の目をそっと覗き込む。
「大方、攻めさんは初恋で、そのせいで沼にはまっている……とか」
「そ、そんなことありません!」
咄嗟に、俺は叫んで、我に返った。立ち上がりかけたのを、座り直す。
「たしかに初恋ですけど。沼とか……」
「体調まで崩しているのに?」
「うぐっ」
痛いとこ突かれて、俺は顔が横に苦く伸びた。
「ちゃんと考えた方がいいですよ」
俺の言葉を待ってるのかいないのか、友彼さんはマイペースに続ける。
「恋愛なんて人生の一部じゃないですか。振り回されるなんてもったいない」
「そ、」
「俺は友さん好きですけど。今みたいに攻めさんにずっとべったりなら――ちゃんと考えます」
君はどうですか。
聞かれて、俺は黙り込んだ。
「……俺にはわかんないです」
友彼さんみたいには、考えられない。
「そりゃ、初恋だからかもしれないですけど……これきりだって気持ちで」
友彼さんは、「子供ですね」とまた笑った。
「ひな鳥みたい。なおさら次に行くべきだと思いますよ」
「なっ……」
「でないと、攻めさんが本当に好きかなんて、わからないじゃないですか」
俺は今度こそ立ち上がる。友彼さんを見下ろした。
「好きですよ! 本当に」
「どうして?」
「やさしいとこが……」
「君には優しくありませんよね。現にそれで、傷ついていますし」
「うっ……」
言葉に詰まる。けど。拳をぎゅっと握った。
「せ、攻めは不器用だけど、すごく一途なんです!」
攻めの真っ直ぐな目が、クリアに浮かぶ。本当に、綺麗で。
「そりゃ、俺だって優しくはされたいです。でも、そういうとこが、いちばん好きなんです!」
強く言い切った。そうだよ。でないと、こんなに長い間、思ってないもん。友彼さんの楽しげな目を強く見返した。
「そうですか」
友彼さんは、ふ、と目を伏せた。
「まあ、あなたがそこまで言うなら止めません。ですが」
情は無用ですよ。
そう言って、友彼さんは去っていった。
俺は、背中を見送りながら、何とも言えない気持ちだった。
……いいのかな。
友のことを好きなのは、本当みたい。何ていうか、大人ってやつなのかもしれない。
けど。
「とんでもないこと、聞いちゃった気分……」
何でこんなことに。
俺は苦い顔で、お茶を握りしめた。俺みたいに汗をかいて、すっかりびしょびしょだった。
《完》
14/14ページ