天から降る恋のお話
「ひ、飛雨さま……?」
体が動かない。飛雨が、小珠の顔に乗り上げていた。口唇に、たおやかな両手が触れる。かあ、と頬が火照った。
「飛雨さま」
音にしようとして、小珠は口をつぐんだ。息が飛雨を吹き飛ばしてしまうやも。飛雨は「ふ」と笑って、報を寄せた。
「見くびるのう」
ちり、と音が立つ。唇に火花が走る。
飛雨に唇を吸われたのだと気づき、小珠は硬直する。
「あ……!?」
ぐぐ、と飛雨が近くなる。おれの、体が縮んでいる? それとも――飛雨さまが大きくなっているのか?
気づけば小珠は、空に浮かび上がっていた。飛雨が、小珠を見下ろしている。見たこともない、青年の姿をしていた。小珠を抱き上げて、笑っている。
「月が近い。久方ぶりじゃ」
そう言って、笑う。
あ、と思った時には、小珠は飛雨と、雲のなかにいた。
「ええ……!?」
小珠は、自分を圧す風の強さに、ただただ、唖然とする。飛雨は悠然と笑っていた。
「そなたのたっての望みだ。今宵、めおとになろう」
ひゅ、ひゅ、雲を抜け、巨大な丸い月が見えた。風が鳴る。
「うわああ……!」
小珠の身体が降下する。あまりの速さに、身構えることも出来なかった。飛雨は笑って、動転する小珠を見下ろしている。
自分と同じ速さで落ちているはずなのに――どこまでもその顔は穏やかだった。
唇が、重なる。小珠は目を見開いた。
飛雨の流いまつ毛が、伏せられていた。ぎゅっと首を抱かれる。そのまま、真っ逆さまに落ちていく。
小珠は目を閉じた。ただ、その首に、強くすがりついた。
大きな飛沫の音が立つ。
水だ。
小珠は、空気を求め、口を開いた。顔が水面に上がり、咳込んだ。広い川……。
息を整え、それを見渡し、目を見開く。
「え……?」
すべてが大きい。この匂い、景色。ここは自分と飛雨の暮らす山のはず……。それなのに、どうしたことだろう。森も川も、何もかもが大きい。
困惑し、小珠はあたりを見渡した。知らず濡れた体を抱く。
笑い声が聞こえ、そちらに目を向けた。
「おかえり」
飛雨が、小珠を見ていた。森の中、川に半身をつけ、自分を見下ろしている。
体を抱かれ、引き寄せられた。広い肩に、頬を寄せさせられる。広い肩……?
「いったい……」
「帰ってきたのだ。あるべき場所に」
飛雨は笑って、小珠のこめかみに、頬を擦り寄せた。
《完》
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