俺だけいつも枠の外


「えっ?」

 友彼さん? と攻め……?
 友と一緒に現れた二人を、俺は見つめた。ふたりは友とそれぞれ腕を組んで、互いに友と目配せしあってる。その何か、あきらかワクワクした、楽しそうな空気に、俺は戸惑う。
 ど、どういうこと? な、なんか、感じが違う……。

「待ったか?」

 友が尋ねた。顔色、すごく良くなってる。浮かべた笑顔は、カフェの中とはいえ涼やかで、思わず見惚れるくらい綺麗だった。

「あ、ううん」
「ったく、アンタが遅えからだぞ」

 攻めの声が、俺の語尾にかぶさる。咎めるみたいな視線は、友彼さんに向いてた。

「さあ? あなたに言われることではありませんね」

 友彼さんは友を見たままうそぶく。攻めは「なんだと」と声を強めた。ふっと友彼さんが笑う。
 いつもと違うやつだ。
 言い合ってるけど、本気で怒ってるんじゃない。何ていうか、楽しそうなのがはっきりわかる。
 えっ? ほ、ほんとに、どうしたの? 一体何が起こってるの? ついてけないんですが……。俺はきょろきょろ二人の顔を見比べた。
 友が「まったく」と澄んだ声を上げた。

「ふたりとも、ケンカするな!」
「友」
「受けが待ってるだろう」

 きっと目を釣り上げ、二人を叱る。攻めは、いつもみたいに、

「いいんだよ。待たせておけば」

 と唇をとがらせた。友彼さんも「優しいですね」と友にほほ笑んで、俺を見た。

「すみません、受けさん」
「あ……いえ」

 俺は頷く。すると視線がまた、友に戻る。
 えっと……なんて言えばいいのかな。なんかもう、呆気にとられて、言葉が出てこないんだけど。

「……あの、これはいったいどういう……」

 俺はようやく聞いた。われながら、まじでおろおろしてる。だって、まじでどういう状況なの、これ。友彼さんは、「ああ」と頷いて、くすりと笑った。

「すみません、驚きますよね」
「腹割って話し合ったんだよ」

 攻めが顎で友彼さんをしゃくった。ふたりは、ちらっと視線を交わす。

「そうしたら、意気投合でな……!」

 友が花のような笑顔で続けた。両手を握り合わせて、鈴が鳴るみたいに綺麗な声で笑った。

「おい友、そんな覚えはねえぞ」
「おや、奇遇ですね。俺もです」

 攻めが憮然と言う。友彼さんも皮肉げに笑った。否定もなんか明るくて、掛け合いなんだってわかる。

「俺たちは友ありきの関係だからな」
「まったくです」

 ふいっとふたりがそっぽを向く。ふわふわ楽しげな雰囲気。

「なんだそれは。喜んで損したぞ」

 友が腕を組んでムスッとした。攻めはからかうように笑った。

「なんだよ、友は可愛いなー」
「まったく! 受けと話すからどこかに行っててくれ」

 友は攻めをぐいと押しやると、友彼さんを見上げた。

「頼む」
「はい。任せてください」

 友彼さんは騎士みたいに頷いた。そうして、攻めに

「行きましょう」

 と促した。攻めは、

「うるせえ」

 と言いながら、友彼さんのあとに続いた。ふたりがカフェから出ていった。俺と友はそれを見送る。何か言い合ってるふたりの背は、ちっとも危なげない。
 はえ……。
 俺、今世界で一番ポカンとしてると思う。友は、俺のアホ面を見て、くすっと笑った。

「驚いたか?」

 あいつら、すごく気が合ってるだろう。

「う、うん……」

 嬉しげな友の言葉に、俺は曖昧に頷く。そりゃあもう。友は、

「ずっとあの調子でな……」

 とまぶしげに笑った。やわらかくて、なんていうか、愛しげな目ってこういうのかな。

「そ、そうなんだ」
「ああ」
「す、すごいね。いつの間に……」

 自分で言いながら、頷いてた。
 本当に、いつの間に、こんなに。この間まで、お互いに往ねとか消えろとか言ってたのに……。友は、にこっと笑った。

「昨日からだ!」
「へっ?」
「お前が帰ったあとくらいだな……」

 友は目を上にあげた。楽しいことを思い出すみたいに、きらきらしてる。ていうか、き、昨日?

「なんと家の前で、あいつらが殴り合いの喧嘩をしたんだ!」
「ええっ!」

 俺は声を上げる。まじすか。あんまりバイオレンスな状況に唖然とする。

「た、大変だったんだね」
「まったくだ。迷惑にもほどがある」

 友は目を釣り上げながら、くすくすと笑う。

「それで、もう会うしかないと思ってな」
「えっ」
「そこまでされたら、会わないわけにはいかないだろう? 俺も腹をくくったんだ」

 友の目が、とろっと甘くなる。頬も、お酒に酔ったみたいに、赤い。

「それで、ふたりと夜通し、腹を割って話したんだ」

 友は胸にそっと両手を当てる。

「俺の気持ち、全部……」

 そして、ぎゅっと手を握りしめる。

「ふたりは聞いてくれた!」

 宝物を抱きしめるみたいに。

「それで、仲良くしてくれるって。俺の心に寄り添って……ふたりで俺を守ってくれるって、言ってくれたんだ」

 友は、幸せをかみしめるみたいに、微笑んでる。信じられないくらいに綺麗で可愛かった。

「友彼は攻めのこと理解してくれたし、攻めは友彼を許してくれた! 俺の――」

 友の声だけ、エコーがかかったみたいに届く。

「俺の家族になってくれるって! そうして、手を取り合ってくれたんだ」

 花が咲き乱れるみたいな、嬉しそうな声が広がった。それを抱きしめるみたいに、友は身を抱いた。
 白い花のブーケ。
 そんな言葉が浮かんだ。三人がタキシード着て、腕を組んでて。友が真ん中で白のブーケ持ってるみたいな。なんかそんな、光景がふわって。

「そ、そうなんだ……」

 俺は、相槌を打った。なんか、香がしそうなくらい、咲き誇ってるのに、一枚ガラスの向こうみたい。

「よかったね」
「ああ!」

 友は破顔する。

「まったく、こんなに丸く収まるなんて……もっと早くに話し合えばよかった!」

 遠い。
 友の手がのびてきて、俺の手をぎゅって握った。柔らかで小さな手は、たしかにここにあるけど。

「ありがとう受け。お前が背を押してくれたからだ。」

 持つべきものは友達だな!
 長いまつげに、きらきら、涙が浮かんでた。

「ありがと……」

 俺は笑う。
 なんでだろ。今すごい、友がいいこと言ってくれてるのに。

「よかったね、友」
「ああ」

 なんか、すっごい遠く感じた。
 真っ白い空間に、ぽつんって俺だけがいるみたい。友達の幸せじゃん。わーって喜びたいのに、なんでかな。すっごい、別世界に感じて。
 いや、いつものことだよ。わかってたはずのことなんだけど。でも、なんか、もはや圏外じゃん。
 いや何言ってんだろう、こんなときに。なのに、なんか。
 さみしい。
 友は俺をそっと覗き込んで、ふふ、と笑った。うん、俺ちゃんと笑えてるみたい。

「正直な」

 内緒話するみたいに、友がささやいた。

「あの日、攻めをお前に取られたと思ったんだ」
「え?」
「攻めも、俺をあっさり捨てたって……」

 友は自嘲する。友は、アイスティーをくるくる、ストローで混ぜた。いつの間に来てたんだろ。気づかなかったや。

「馬鹿だろう? そんなことないのに……」

 そうして、一口飲む。俺のアイスコーヒーは、めちゃくちゃ汗かいてた。

「お前は友達だし、攻めは変わらない。けど絶望してて、ちっとも信じられなかった」

 友は、視線をさまよわせる。それから恥ずかしそうに、俺を見た。からんと氷が鳴る。

「でも、攻めが示してくれた」

 友の目が、涙に潤む。魔法の泉みたいにゆらゆら揺れてた。そうして、すっと右手を掲げた。右手の薬指に、指輪がはまってる。

「それ……」
「ああ」

 目を見開いた俺に、友は深く頷いた。そしてそれを、眩しげに見つめる。

「攻めは言ってくれた。お前も攻めも、俺が一番だって。あふれるくらいの愛情を……」

 きらきら、指輪は窓から差し込む日を受けて、輝いてる。友は、ぎゅっと、目を閉じた。ひとすじの涙が伝う。それを指輪のはまった手が拭った。友と開いた目と、視線が重なる。

「鈍感ですまない。俺は、もうお前を疑ったりはしない!」

 すまなかった。
 そう、形のいい頭を下げられた。さらり、天使の輪が輝いてる。

「……う、」

 うん。
 頷けてたか、正直、わかんなかった。
 でも、できてたみたい。友は、嬉しそうに笑ってくれたから。
 俺は笑いながら、どうしていいかわかんなかった。だって、どうしよう。
 めでたいことだよ。友達として、めでたいことなのに。なんか、どうしていいかわかんない。胸がざわざわして、すごい落ち着かない。
 なんで? 友のこと、大好きなのに。皆が幸せで、よかったはずなのに。やったーじゃん。よかったね! で進むことじゃん。なのに。
 どうしていいか、わかんない。

「待たせたな」

 カフェを出て、攻めと友彼さんと合流した。友を真ん中に挟んで、ふたりは歩き出す。俺は攻めの隣に並ぶけど、でも、四人で歩けるわけなくて、押されて後ろに下がった。

「あ」

 前を行く三人の背を、見る。俺は思わず立ち止まっちゃった。呆然と、それを見送る。

「待って」

 って、いつもみたいに駆け寄れない。なんか、気持ちがしぼんじゃって。三人の影まで、みるみる遠くなってった。
 とぼとぼ歩いてると、影がひとつ。攻めが立ってた。

「何ダラダラしてんだ」

 俺をじっと見てた。いつもの調子に、俺は、なんだかすごく泣きたくなった。じっと攻めを見上げると、攻めは、「んだよ」と眉を寄せた。

「攻め。指輪のこと、なんだけど」

 聞いた瞬間、ぱっと攻めの顔が赤くなった。

「友のやつ……!」

 と口元に拳を押し当てて、唸った。
 やっぱり……。俺は思わず、一歩攻めに詰め寄った。

「攻め、友に――」
「うるせえ!」

 頭をはたかれる。攻めは、向こうを向いて、ふんと鼻を鳴らした。

「お前には関係ねえ」

 俺は目を見開いた。慌てて、顔を俯かせた。今の顔、見られたくなくて。

「そっか……」
「くだんねーこと言ってねえで行くぞ」

 攻めは俺をせかして、前に向き直った。ついてきながら、耳まで赤い横顔を、後ろから見つめる。
 なんでかな。ただ、三人が仲直りして、攻めが友に指輪を渡した。
 それだけのはずなのに。
 友彼さんと友が待ってる。ふたりの声に、攻めが応えた。一緒にまた歩き出す。
 俺はその後ろを、歩いてた。三人の影を、ずっと見下ろしながら。

 《完》

 
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