俺だけいつも枠の外


「おじゃまします」

 俺は友の家に訪れていた。顔見知りの家政婦さんに挨拶して、友の部屋へと向かう。

「友? 具合はどう?」
「……受けか」

 友はぐったりと、ベッドに仰向けに寝ていた。白い顔は青ざめていて、しんどそう。俺は、そおっとベッドに近寄ると、ひざまずいた。

「ご飯、持ってきたよ。食べられそう?」
「……どうかな」

 ふらりと目を泳がせた。これは、食べるってこと。俺は、友の体を起こしてあげると、背中に枕を入れてあげる。そして下がって、静かに背負っていたリュックを下ろした。音を立てないように、ゆっくりと。

「これはグラタンと紅茶、攻めから。これはゼリーとドリンク、俺から」

 俺はいつも通り、説明しながらローテーブルに並べた。友は頷きながら、見てた。いつもはこれで終わり。けど、今日はもう一つあった。

「あと、これは……おかゆ。友彼さんから」

 ちょっと躊躇して、そっと、器を出した。友はびくりと眉をはね上げた。

「今日、預かったんだ。校門で居合わせて」
『友さんに、どうか渡してください』

 あの日から、友彼さんは毎日学校まで来てたんだけど、友の調子が悪いって聞いて、今日お粥を持ってきたんだ。

「『お大事に』って……」
「食べたくない」

 俺が言い終わる前に、友が向こうを向いた。

「見たくない。しまってくれ」
「わかった。ごめん」

 俺は、すぐにリュックにしまい直した。ほのぬくいそれを、割らないように底で安定させる。

「グラタンを食べる。温めてくれ」
「わかった!」

 俺は頷いて、グラタンの容器を手に取り、レンジに向かった。そっと肩越しに友を見ると、ぐったり、またベッドに寝て息をついていた。……余計なことしちゃったかも。俺はひたすら反省していた。

「食べられる?」
「ああ」

 グラタンをすくって、ゆっくりと運んでる。しばらくすると、はあ、と息をついて項垂れた。

「大丈夫?」
「平気だ。いちいち聞かないでくれ。疲れる」
「ごめん」

 俺は口元をおさえる。そっとテーブルに下がった。俺は過干渉でよくないね。いつまで経っても慣れないや。
 ゆっくり時が過ぎてく中、友のスプーンの音とはあ、と何度もため息の音が聞こえる。俺は正座して、そっと見守ってた。人がいると気詰まりかな……と思わなくもないんだけど。

『友が食い終えるまでちゃんと見てろ』

 その言葉を信じて、俺はずっと待ってる。

「もうこれでいい」

 時計の長針が一周したころ、友がスプーンを置いた。石になってた俺は人に戻って、そっと器を受け取る。うん、大分食べれるようになってる。俺はちょっとホッとした。
 もちろん、油断は大敵だけど。俺は器をビニール袋に包んで、リュックに割れないようにしまった。片付けは俺の家でするからね。
 紅茶をコップにいれて、渡してあげる。友はゆっくりとそれを啜った。泣き腫らした目元は、紅を差したみたいに赤い。

「友彼は……」

 友が口にした。俺は、顔をあげる。

「うん?」
「……ふ」

 俺を見て、友が笑った。

「うれしいか?」
「ん?」
「俺が友彼と仲直りするのが」
「う、うん。そりゃ……」

 友彼さんからの指輪を、嬉しそうに見つめてた友が脳裏に蘇る。二人が仲良しに寄り添う姿も。

「あっ、もちろん、友の気持ちが一番で、って意味でだからね」

 友が幸せそうだったから、このままでいいのかなって思うだけ。手を振って説明すると、友はす、と目をそらした。

「……受けは、攻めとキスしたことがあるか?」
「えっ!」

 唐突な問いに、慌てる。俺はぶんぶんと手を振った。

「な、ないよ、ないない!」

 咄嗟に否定してから、「ん?」と固まる。おでこってカウントされる? いや、今は唇での話してるよね? どうなんだ?
 目をうろうろさせてたら、友の目とかち合った。いつの間にか、こっちを静かに横目で見てた。

「……そうか」

 目をすっと細める。また、ふいと目をそらす。

「したいと思ったことはあるか?」
「えーーと……」

 すごいグイグイくるね……。なんか、変な汗が出てきた。けど、友の目が真剣だから、俺も恥を忍び、応える。

「それは、あるよ」

 まじで恥ずかしい。友達に言う方が恥ずかしいってことあるよね。なら誰に話すのって話だけど。友はじっと横目で俺の目を覗き込んで、伏せた。

「……それが普通だろうな」

 友が重く、長い息をついた。

「俺がおかしいんだろうな。高校生にもなって、キスしたくないなんて」
「……友」
「べつに、友彼がいやってわけじゃないんだ」

 ぎゅっと、友の左手が布団を握りしめる。細い手は真っ白になって震えてた。

「そうなの?」
「当たり前だろう。けど……怖いんだ」

 誰かに身を任せるのが、怖い。

「結婚するくらいの気持ちがないと、そんなの出来るわけない」

 右手の紅茶が揺れたから、俺は慌ててそれを引き取ろうとした。友はさっと左手でかばい、コップを抱える。

「俺はさみしい家庭で育ったから」

 紅茶に友の顔が映る。友はじっとそれを見つめた。

「両親は仕事ばかりで、他人の攻めがいちばん近い存在だった」

 コップを大切そうに両手で包む。

「それは、攻めもそうだと思う」

 あいつも一人で生きてきたから。
 友の目の奥が、暗く沈み込んだ。ひどく気だるげに、ベッドの背にもたれた。

「俺たちは身を寄せ合って、寂しさを埋め合ってきたんだ」
「うん」

 俺は静かに頷く。友は、は、と自嘲の笑みをこぼす。

「それも思春期までだったがな。俺たちが、オメガとアルファだったせいで」

 悲しげに目を閉じた。わなわなと唇が震え出す。

「他人だからと『家族』に引き離されて、……ずっと一緒にいたのにっ!」

 だん、と友が膝を打った。ぱしゃりと、紅茶が跳ねた。俺は慌てて友を止める。

「もうお前越しにじゃないと、家でさえ会えない……!」
「友!」
「平気だ! 取らないでくれ」

 はあ、とついた息は震えてた。友は、紅茶をサイドボードに置くと、ベッドの上で膝を抱えた。

「こういうことを言うと、『攻めが好きなんだろう』と決まって言われる」

 綺麗な目に、涙が盛りあがった。悔しげに歯を食いしばる。

「違うのに……俺たちはそんなものじゃないんだ」

 友はかたく身を抱いた。

「俺たちは、魂で繋がってるんだ!」

 固く閉じた目から、ぼろぼろ涙がこぼれる。宝石みたいに、綺麗な雫だった。俺は胸が痛くなる。

「たまたま他人に生まれた家族なんだ……! なのにっ……何で離れなきゃいけないんだ?」

 肩を震わせ、しゃくりあげた。俺は、苦しげな友に手を伸ばす。友の背が、跳ね返した。

「触らないでくれ!」
「友」
「家族とだって上手く行かないのに……! 他人と繋がるなんて、怖いに決まってるだろう! そんなにいけないことか?」

 だん、だん、友は激して、膝を何度も打った。俺は、友をぎゅっと抱き支える。友は暴れた。こういうとき、俺はなんの言葉も持たない。

「友、手を痛めちゃうよ」
「受け!」

 友は俺を見て、二の腕を掴んできた。あまりの強さに息を呑む。大きな目が、涙に潤んで俺を見上げてた。

「なんで受けは、攻めとキスがしたいんだ?」
「えっ」
「なんでそんなふうに思えるんだ。受けは、やっぱり、あたたかくて優しい家に、生まれたからなのか?」

 答えてくれ。
 掴んだ手が、かたかたと震えてる。おぼれた人みたいに、必死な力が、腕にくいこんだ。俺は、友の真剣な目を見返して、一生懸命答えを探した。
 何でだろう。なんて言えば……。

「えっと……愛情表現の違いじゃないかな?」

 友は眉を寄せた。

「友は、待ってくれること。俺はすることに愛を感じるんじゃないかな」

 指輪を見つめてた、嬉しそうな友の顔を思い返す。

「待ってほしいわけじゃない」

 友は黙って目を伏せた。拍子に、涙がぱたりと落ちる。俺はそれをタオルで拭いた。

「そんなの、わがままだ」

 友は鼻で笑った。俺は悲しい気持ちになる。友の手を、そっと包む。冷えちゃった手に、熱が伝わるように。

「わがままじゃないよ」
「わがままだ。それくらいわかる」
「……友は、友彼さんのこと、今回のことで嫌いになった?」

 俺は、意を決して聞く。友はすぐに首を振った。

「そんなわけない」
「なら、さっきの気持ち、友彼さんに話してみようよ。俺、なんなら立ち会うし……」
「いやだ!」

 友がつよく頭を振る。いけない、急かしすぎたかな。俺は友の硬い顔を見つめる。

「攻めが反対する」

 友の言葉に、俺はちょっとホッとした。それなら……にこっと、安心させるように笑いかける。

「攻めは友が心配なだけだよ。話せばきっと、わかってくれるよ」

 攻めは話し合うって、言ってくれた。友の言葉なら、きっと届く。

「あっ、もちろん、友彼さんと話すのがつらいなら、無理しなくていいよ」
「……受けは、攻めのことが、よくわかるんだな」

 ふ、と友が笑った。

「そりゃわかるよ! これでも俺も、幼馴染だし……」

 俺は明るく応える。これは自信を持って言えた。

「攻めが友のこと、どれだけ大事か知ってるよ」
「……そうか」

 友彼さんのことは、そりゃまだよくわかんないから、自信持って言えないけど。攻めのことは、ずっと見てきた。

「攻めは友のことが、本当に大好きだもん。世界で一番、大事にしてる。それはそばで見てきた俺が保証する!」
『受け、頼んだぞ』

 今日も、荷物を俺に託してくれた。

『ちゃんとやれよ! 承知しねえからな』

 攻めの友を思って心配そうな顔も、荷物の重みも、受け取る俺が、いちばんわかってる。

「だから、大丈夫だよ!」
「……そうだな」

 友はかすかに笑った。

 ◇

「じゃあ、また来るね」
「受け」

 部屋を出ていこうとした俺に、友の声がかかる。振り返れば、そっと指をさした。

「これはいらないから、すまないが引き取ってくれないか?」
「あ、わかった!」

 俺が買ってきた経口補水液とか、ゼリーだ。友は飲まないってわかってるんだけど、ついいつも持ってきちゃう。俺はそれをリュックにしまった。

「あと、友彼のおかゆを、置いていってくれ」
「わかった!」

 俺はいそいそと、友彼さんのおかゆを取り出した。そっとローテーブルに置く。

「すまない。明日返すから」
「んーん。また明日ね! お大事に」

 家政婦さんに挨拶して家を出ると、とっぷりと日が暮れてた。やば、急いで帰んなきゃ。長居しちゃったなあ……。
 スマホを見たら、攻めと友彼さんからメッセージが来てた。友彼さんにも、「友さんのことを教えてほしい」とID教えられたんだ。とはいえ、友が許してないならそう話せないけど。ちゃんと見ておくんだった。
 確認してたら、攻めから着信がきた。

「ごめん、ちょっと話してて……うん、グラタン食べてたよ」

 俺は攻めの確認にひとつひとつ応える。
 グラタンの器と水筒が、リュックの中で音を立てた。友は、体調悪くても、攻めのご飯なら、のどを通るんだ。
 ふだん、つっけんどんでも、今、喧嘩ばかりでも。
 友は攻めが大好きなんだよね。そして、攻めもそう。俺は、攻めの声を聞きながら、小さく笑う。
 俺には入れない世界なんだ。俺たちは魂の兄弟だって、友の言葉がこだまする。

「うん、大丈夫。また」

 帰り道を駆けながら、俺は明日は何をもってこうか考えた。攻めがたいてい満たしちゃうから、いつもお見舞いに行っても役に立てたことはない。友達として、不甲斐ないけど。

「友が、回復するのが一番だもんね。張り合うことでもないか」

 俺は地面を強く蹴った。

 ◇

 そうやって、数日が経ったころ、友から連絡がきた。

「友?」
「受け、ちょっと出てこれないか」
「――うん!」

 友の誘いに、俺は部屋を飛び出す。友、起き上がれるようになったんだ。弾んだ気持ちで、指定されたカフェまで急ぐ。

「受け」

 席に座って待ってしばらく。後ろから声がかかった。

「友――」

 立ち上がって、俺は目を見開く。

「お待たせ」

 友は、微笑みを浮かべて立ってた。攻めと、友彼さん、ふたりと腕を組みながら。

 《完》


 
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