俺だけいつも枠の外
「まったく、やっと撒けた!」
後ろを何度も確認して、俺は息をついた。攻めと受けは追ってきていない。友彼もほっと笑う。
「お疲れさまです、友さん」
「わかっていたなら助けろ」
むっと見上げる。しかし、友彼の腕を力いっぱい抱いていたことに気づき、慌てて離す。
「おや」
からかうみたいに笑われて、顔が熱くなった。憮然とするといっそう楽しげにされる。まったく、たちが悪い……。うつむいていると、友彼が空を見上げた。
「まあ、あとは受けさん次第ですかね」
「……そうだな」
まったくそのとおりだ。俺は肩を落とす。
「受けは攻めに甘すぎるからな」
いつも攻めの言うことばかり聞く。今日も俺の計画と意図を説明してあれだけ頼んだのに、ふざけて夫婦漫才ばかりだった。さっきの訴えで、流石に聞いてくれたと思いたいが……。
「苦労しますね」
友彼が、俺の頭を撫でる。優しさに、俺の心の弱い部分が染み出してくる。
「いつもそうなんだ」
昔から……。俺の目はひとりでに遠くなる。
「受けは攻め目当てで、俺に近づいてきたから」
『攻め! 友!』
平等に声をかけながら、ずっと攻めのことばかり気にしていた。
『お菓子持ってきたんだ! 一緒に食べよ』
「俺のことは二の次で、俺たちの輪に入ってきて……」
攻めとばかり話して、攻めの機嫌ばかりうかがう。俺の都合なんて、ついでみたいだった。
「それでも、俺は受けのことが好きなんだ」
ちゃんと、友達だと思ってる。気難しくて人に誤解されやすい自分と正反対の明るさも、羨ましいなと思っている。
「友達と思ってるから、攻めのことも協力するんだが……」
返ってきたときはない。時々、一方通行さにむなしくなる。こういうとき、俺は受けにとって、攻めの付属物でしかないのか、と思わされる。友達がいじゃなくて、攻めに好かれるために俺に優しくしてるんじゃ、と疑念がわくのだ。
「攻めだって、結局それが嬉しいんだ。受けのことが一番に好きで……」
いつも俺にうるさく構うのだって、受けに見てほしいからだけなのだ。
「おい、受け行くぞ」
って、俺に断りなく輪に入れて、今に至る。攻めの俺への構いは受けありきだ。現に、指輪のことだって、受けが休んでるときは言うまで気づきもしなかった。
ずっとスマホとにらめっこして、心ここにあらずで……受けが元気になったと見るや、うるさく構いだしてきたんだ。
「俺はいつだって、二人のダシだ……」
ふたりのはた迷惑な夫婦漫才のための、道化なのだ……いつだって。目頭が熱くなる。
「……今回のデートは、それで?」
友彼がやさしく尋ねてきた。
「ああ」
俺は頷いた。胸の奥から、感傷的なものが、ぐっとこみ上げてくる。わかってくれるんだな。あまりに的を得すぎてる。
「俺をダシに、デートするのはもうやめてほしいからな」
弱気を払うように、胸を張り、ふんと鼻を鳴らした。
「……それに、これなら二人とも、ちゃんと二人きりの時間が取れるだろう?」
二人とも、てんで不器用で二人きりの時間の過ごし方さえ、わかっていないから。言いながら、俺はこんなにも二人が好きなんだな、と思い知らされる。優しい気持ちを胸に抱いていると、友彼に笑われる。
「君は不器用ですね」
「は?」
俺が? どこがだ。失礼な……! 目を釣り上げ、固まる。友彼の目が、あまりに優しくて。
「すごくいい子だって言ってるんですよ」
……馬鹿。さっき堪えた涙が、ぶり返してきた。「べつに」と唇を引き結ぶ。
「友達として当然のことだ」
ふいと顔をそむけると、友彼が「さみしいですか」と聞いた。
「慣れっこだ」
道化役も、愛されてるフリも。目に力を込めると、友彼に優しく引き寄せられる。
「俺は、あなただけを愛してますよ」
重いくらいの愛の言葉に息を呑む。友彼は、俺の顎をすくった。頬が熱くなり、押し返す。
「キスは駄目だ! 結婚するまでは……」
「じゃあ額に」
「駄目だ屋外だ! それに、あいつらも見てるかも……」
そうだ。結局追ってきてるかも。俺の恥じらいに、友彼は「大丈夫ですよ」と熱っぽい目で押してきた。
「誰も見てません。二人だって今ごろ――」
音が消えた。
「友さん!?」
気づいたら、友彼を突き飛ばして走ってた。
嘘だ。
――嘘だ!
そんなはずない。攻めが、そんな……!
きっと追いかけてきてるはず。けど、走っても走っても姿が見えない。俺は胸の中が冷たくなる。
そんな馬鹿な。いくら、ふたりだってそんな流石に……。
駆けて駆けて、攻めと受けの影を見つける。固い空気に安堵して、声をかけようとした。
「せ――」
攻め。
声をかけようとして、止まった。
攻めが、受けの額にキスをした。目を見開く受けの手を引き、攻めが歩き出す……真っ赤な顔。ひどく、照れた素振りで――。
――攻め?
なんだ、その顔……。
見たこともない顔に、俺はただ、立ち尽くすしかできなかった。二人は手をつないで、うれしげに歩き出す。
受けは、顔を真っ赤にしてはしゃいでいた。攻めも、満更でもない顔で、受けを見つめている。
俺には一切、気づかないまま。
……なんだそれ。
俺は、呆然としていた。手足が冷たく、震えてくる。
なんなんだ。
そこまで、思い知らせなくてもいいじゃないか。結局俺は、とことんお前たちにとってダシなのか。自分たちがうまくいったら、もう用済みなのか?
さんざん、俺の邪魔ばかりしてたのに……自分たちだけ。自分たちばかり。
賑わいの音が遠い。スローモーションみたいに、攻めと受けが歩いていく。
頬にぬるい感触がする。地面を見て、雨かと思ったら、涙だった。自覚するほど、ぼろぼろ溢れてくる。
ふざけるな。
馬鹿にするにも、ほどがある。あんまりだ……!
俺は駆け出していた。
「攻め……!」
もう見ていられなくて。二人の身勝手な世界に、俺は全身で飛び込んだ。
《完》