二人で生き合うこと
「さ、師匠。行きましょう」
「やだ……」
翌朝、僕は布団の中に籠城していた。フェイは、仕方ないなって調子で息をついて、体を揺り動かしてくる。
「師匠」
「やだ。いかない」
「駄目ですよ。俺を殺すつもりですか」
フェイの言葉に、僕は「うう」とうめいて身を丸くした。ひどい、そんな意地悪な言い方しなくてもいいじゃないか。僕は布団にくるまって丸くなる。フェイは僕の体をまたいで、顔を寄せてきた。
「どうしてそんなに聞き分けが悪いんです? いつもはラボに行く足取りだけは軽いのに」
布団越しに、低い声が吹き込まれる。フェイの声に、なんか微妙に、ざらっとした……というよりチクチクしたものを感じながら、僕は「別に」と首を振った。
「行きたくないものは行きたくないの」
「そうですか。――なら、私も好きにします」
言うが早いか、僕の体の下に、フェイの腕が割って入ってきた。目を丸くしたときには、僕は高く持ち上げられていた。
「はは……容赦ないですね。岩化術をおかけになるなんて」
「えっ? ちょ……っ」
魔法で岩みたいに重くなってるはずの僕の体が、持ち上がってる。ちょ……! フェイは、布団ごと僕を荷物みたいに担いで、歩き出した。
「ちょ、フェイ、や……!」
「駄目です。もう聞きませんから」
すたすた歩きだされて、僕は慌てる。やばい。このまま目を瞬かせている間に、絶対にラボについちゃうと思った。
「待って、フェイ! 話すから……!」
僕は咄嗟に叫んでいた。その声は、自分でも驚くくらい慌てて湿っぽかった。フェイもそれに気づいたのか、何なのか……足を止めて、僕を抱えたまま床におろした。じっとうかがわれる。
「もう逃げませんね?」
念押すように聞かれて、僕は小さくなる。
なにこれ。いったいどっちが師匠だかわかったものではないよ。紫色の瞳は逃がしてくれなくて、僕は「うん」と頷いた。
「じゃあ、話してください」
待ちの姿勢に入られて、僕はすごくいたたまれなくなる。ごねといてなんなんだけど、ここまでされて話すほどのことでもない……気がする。
けど、そう言ったら絶対に連れて行かれちゃう。僕はものすごく決まりの悪い思いで、その場しのぎでうろうろ視線を彷徨わせてた。
「師匠? やっぱり連れていきましょうか?」
「わ、わかった! 話すから……」
意地悪……! 僕は背中を丸めて、身を固くした。唇を尖らせて、開いての繰り返しの後、「だって」とどうにか切り出した。
「言ったら、直されちゃうかも……」
語尾と一緒に、僕は小さくなった。フェイが怪訝な顔をする。
「直していただけばよいではありませんか」
「そりゃ、僕もそう思うけど」
「なら、何故」
僕はまた口ごもった。バカバカフェイ、せっかく調子よく話してるんだから、合いの手入れないでおくれよ。
「……まさか、よっぽどお悪いのですか?」
フェイの声に、さっきまでとは違う焦燥が走った。膝を寄せ、ばさりと布団をはいだ。
「や、フェイっ……」
「どこがお悪いのです!?」
衣まで剥がれて、僕は抵抗した。ものともせず、素肌に手を這わされて、かあっと頬が熱くなる。
「胸の鼓動も激しい」
掌をぺたっと胸に吸い付けられ、僕は身をよじった。バカ! 何してるんだよ、もう!
「いつから苦しいのです? 言ってください」
「わ、わかんないよ。もう、やめて……見ても直らないんだから」
前をはだけたままで、明後日を向いて僕は言った。フェイがますます顔を険しくする。頬を包んで、問い詰めてくる。
「どうして話してくれなかったんです」
「だって、話すほどのことじゃ……」
フェイはものすごく目を険しくして、体を抱き寄せてきた。
「フェイ?」
「……私は師匠にとって何なのですか? そんなに頼りがないですか」
「フェイ……」
傷ついた声音に、僕は可哀想になる。そおっと導かれるように、広い背を撫でてあげる。
「ち、違うんだ。お前は関係なくて」
フェイの腕の力が強くなる。僕は「えーっと」と言葉を探した。
「僕、おかしいんだ」
なんて言えばいいかわからないけど。フェイの体に身を預ける。フェイの心臓の音を聞いていると、この子は今、ひどく動揺してるってわかった。僕も目を閉じて、ぎゅっと背にしがみつくと、息をついた。
「触って」
身を離すと、フェイの手を胸に導いた。鼓動が、フェイの手にしみていく。フェイは息を漏らした。
「最近、こうなる」
「師匠」
「落ち着かなくって、そわそわするし、体も火照るんだ」
フェイの顔が悲しげに歪んだ。僕もまた、顔をうつむかせる。
「フェイのこと、考えてたら……」
沈黙が落ちる。
「……え?」
フェイのいらえが落ちた。
「わ、わかんないけど。なんだか、おかしいときっていつもフェイがそばにいるか、フェイのこと考えてるから……そうかと思って」
僕は一生懸命話す。大したことでもないのに、なんでこんないたたまれない気持ちになるんだろう。気まずくて、頬も熱を持ってる。
「直してもらえばいいのはわかるよ。でも」
僕はうつむいて、背を向ける。
「恥ずかしいし……直したくない」
「師匠」
「変だってわかってるけど。なんだか嫌なんだ」
そう言って、胸の前で両手を握りあわせると、ぎゅっと目を瞑った。
「だから、行きたくない……」
国の持ち物のくせに、何をわがまま言ってるか、わからない。けど、これが正直な気持ちだった。
沈黙。
緊張に耐えきれず、僕は、そっと後ろを振り返った。そして、目を見開く。フェイの胸が視界いっぱいに広がってた。
「え、」
「師匠……!」
ぎゅっと抱きしめられて、僕はむせこんだ。それくらい、容赦のない抱擁だった。
「ちょ、」
「師匠、師匠……!」
フェイの熱っぽい声で、頭が一杯になる。あんまり力が強いから、僕はされるがままだった。
体が離れたと思うと、フェイの指先が、僕の顎をもちあげた。
思考が固まった。唇を、重ね合わされてる。フェイの顔が、視界いっぱいに広がってた。
「んっ……!」
何度も何度も、角度を変えて、確かめるみたいに重ねられる。僕は驚きすぎて、言葉が浮かばなかった。ただ、熱っぽいフェイのそれを、じっと受け入れてた。フェイの衣を掴む。
「師匠」
唇が離されて、フェイと見つめ合う。フェイの紫の瞳は、燃えるみたいだった。
「愛しています」
そう言って、僕の背を、床につけた。フェイ越しに天井を見上げたのも束の間、フェイの唇が、何度も降りてくる。僕はぎゅっと目をつむる。フェイが、何度も「師匠」と呼んだ。
「フェイ……っ」
僕はもう、何が何だかわからなくて。
ただひたすら、フェイに縋り続けた。
《完》