二人で生き合うこと
「いいかい、032号。この子はお前が見なさい」
そう言って僕の前に、引き連れられてきた子供。どこもかしこも傷だらけで、清潔な白の検体服が、むしろ浮いて見えた。恐ろしく整った顔立ちをしていて、なにより特筆すべきは、瞳の美しさだった。
紫色の、どの魔石よりも輝きを放つそれは、その子の魔力の高さをうかがわせた。
「お前の名前は何?」
僕がしゃがみこんで、尋ねる。瞳をじっとのぞきこんだ。それに対して、パパは少し、意外そうな顔をした。子供は答えなかった。僕はじっと待っていた。
「フェイだ」
しびれを切らしたのか、パパのほうが僕に伝えた。僕は不服に思い、顔を上げた。それにおいては、子供も同じだったらしい。ひどく顔をしかめてそむけていた。
「パパ。僕が聞いていたんですよ」
「ああ、すまない。032号」
パパは、驚いた顔をして、それから二度、三度首を揺らすと、頷いた。その目は、きらきらと輝いていた。
「好きにしなさい。私はまた、ログを取りに来るから」
何か思いついた時の顔だな。僕はデータを参照し、頷いた。何やら楽しげなパパを見送ると、僕は改めて、子供に向き直った。
「ねえ。さっきのことは忘れるから、お前から僕に教えてよ」
しゃがんだ膝のうえに頬杖をついて、僕は尋ねる。
「お前の名前は何? 教えて」
子供は、じっと僕を見つめていた。紫色の瞳は、いくら見ても飽きない。
「お前は綺麗だね。魔石よりもずっと素敵」
僕が笑うと、子供は、目を見開いて、僕を見ていた。
「いくらでも待つから、お前の口から、お前のことを教えてね」
じゃあ、おいで。
そう言って、僕は、その子供に手を差し出した。
◇
「まさか、こんなにふてぶてしくなるとは思わないよね」
「なんですか?」
「何でもない」
僕はふいっと顔をそむけた。フェイは、「ふふ」と笑って、鍋をかき混ぜていた。
「拗ねないでください。ちゃんと形もないほどに煮込みましたよ」
「はあい……」
ぐでっと床に伏して、僕は本を読んでいた。ここは僕とフェイの私室。誰にはばかることもなく寝転んで、ぐりぐりと紙に私見を書きつけていると、フェイの腕が、とんと紙の上に乗った。
「ご飯ができましたよ」
僕に背後から覆いかぶさる形で、フェイは囁いてきた。僕は唇を横にのばして、「はあい」と重ねて言った。フェイは僕のお腹に手を回して、持ち上げてきた。
「ちょっ……自分で起きれるよ」
「駄目です。任せていたら、いつまでも師匠はのんびりするんですもの」
生意気なことを言って、僕の体を抱き起こしてしまう。しゃがんで尚、合わない目線を見上げる。フェイはにこりと笑った。
「さ、ご飯にしましょう」
向き直って、ぎゅっと抱きしめられた。僕は身を固くする。どきどきと胸が高鳴りだした。くっついた身体は、すぐに離される。フェイの背をぼおっと見送る。
……なんだろう、今の?
何か意味のある動きなんだろうか。僕の心臓を止めようとしてるとか、なんだかそういう。内側から熱くなった頬を撫でさすると、はあと息をついた。
最近、フェイといると……なんだかどきどきしてしかたないんだ。
「何かの異常なのかなぁ」
「何がですか?」
「ううん」
スープを飲みながら、僕はひとり思案の中にいた。フェイはじっと僕を見てる。なにもないよ、というふうに僕は目をそらした。
パパに聞けば、すぐにわかることなのに……言うことを僕はためらっていた。
「おかしいよね」
「師匠?」
「ううん、こっちの話」
かたり。フェイが、スプーンをおく。素早く傍に、にじり寄られた。
「お加減がわるいのですか」
肩を掴まれ、真剣に顔を覗き込まれる。額に大きな手が当てられて、僕はまた顔が火照ってしまう。
「熱がありますね。明日、ラボに行きましょう」
「平気、これくらい」
「だめです」
じっと見つめられた。紫の瞳が強い光を持って、僕を見てる。
「自分だけの体ではないんですよ」
フェイの言葉に、ぐっと詰まる。気まずげに目をそらした。
「わかってる。僕は」
「そういう意味ではないです」
言葉を遮られる。見上げると、フェイが頬を包んで、優しく撫でてきた。
「私たちは一心同体。師匠に何かあったら、私は生きてはいかれません」
低く真剣な声音が、僕の耳に入る。フェイの目を見ていると、なんだか、すごく熱っぽくて、くらくらした。
「ね。約束ですよ」
「やだ……」
顔をうつむかせて、僕は形ばかりの抵抗を見せた。この様子じゃ、抱えてでも連れて行かれちゃう。フェイもそのつもりらしく、向こうに戻ってスープを食べだした。
「行きたくない」
僕は、小さくなった。おかしいけど。
わかってるんだ、国の「人形」として、僕はこんなおかしい状態、即刻なんとかすべきだ。頭ではわかってるのに。
……直されたらどうしよう。
そんな意味のわからない怯えが、走ってるんだ。おかしいよね。人形として、もっとも恐れないといけないのは、バグなのに。
僕は膝を抱えて、固く身を抱いていた。
《完》