天から降る恋のお話
「へへ、どうしたんだ? ぼうず」
「ここはガキが来るところじゃねえぞ」
とつぜん現れた毛並みのいい子どもに、男たちは皆、舌なめずりしていた。子どもは、男たちに取り囲まれるも、気に留めたふうはない。ただしずかに彼らを見ていた。
そして、素知らぬ顔で歩を進める。
「おっと」
「頭が鈍いみてえだな」
男たちは笑って子どもをさえぎった。子どもは、そこで笑って顎を上げた。背丈の大きな大人たちに、睥睨するかのような素振りだった。
「鈍いのはそなたらよ。小僧どもが」
そうしてぱちりと指を鳴らした。
ひょう、風鳴りがする。次第にそれは圧となり、男たちの耳を痛みを伴い塞ぐ。
「な――」
疑問の声は、最後まで音にならなかった。ずん、と地響きがあたりに響く。男たちのいたところに、巨大な拳がめり込んでいた。
ぱらぱらと土が舞い、煙が立ちのぼる。
子どもはふわり、煙に乗り、舞い上がった。
「よしよし、でかしたぞ、坊」
子どもは、拳の持ち主の、「肩」に乗った。
坊と呼ばれたそれは、巨躯の青年であった。
「飛雨さま」
彼は、頬をかたむけ、そっと子ども――飛雨に寄せた。飛雨は彼に頬をすりよせ、じゃれてみせる。
「小珠。お前はよい子じゃなあ。木偶どもとは違う 」
唇をほおに当てられ、小珠の肌に朱がはしった。
「お戯れを。小珠ももう子供じゃありません」
空気が鳴るような囁きだった。
飛雨は気にしたふうもなく、からからと笑う。
「わしからしたら全く子供じゃ。口づけくらいで赤くなりおって」
小珠は憮然とする。飛雨は笑い、やさしく小珠の頬を叩いた。
「さあ、山へ帰ろう。すっかり日が暮れてしまった」
「飛雨さまが迷子のふりなどするからでしょう」
小珠が行けば、ずん、ずん、と音が立つ。飛雨は、
「拗ねるでない。いつまで経っても子どもよな」
「子供じゃありません!」
小珠が叫ぶと――
ざあっと木々が大きく揺れた。
小珠が飛雨に拾われ、もう十年が経つ。
とっくに成体となっている。飛雨の清めのお役にも立っている。なのに、いつまで経っても、子ども扱いがなくならない。
「それは、飛雨さまは……千年を生きる神さまだけれど」
しゅんと小珠は、川を眺めていた。見下ろす先に、飛雨が行水している。こうして悪しき魂を引き寄せ、清めているのだ。
子どもであった容貌は、今は女の姿をしている。飛雨は姿をいくつも持っており、どれが本体か誰も知らない。
悪しき魂たちが、飛雨に引き寄せられた。小珠は拳を振るうべく、立ち上がった。
「ようやった、お前もはいれ」
飛雨に頬に抱きつかれ、小珠は黙り込む。
「おれが入っては、川が溢れます」
ふいと顔を背けると、飛雨は「なんじゃ」と笑い、指を鳴らした。小珠の着物がはだけ、はたと消える。
「なっ……!?」
「見くびるのう。わしがそんな下手を踏むと思うか」
後ろから項に抱きつかれ、ぐいと引かれる。小さな体だと言うのに、ちっとも敵わない。
小珠はあえなく、川に沈んだ。
「どうじゃ。気持ちいいであろう」
「うう……」
小珠は顔を真っ赤にして、身を水中に沈める。
この方の、年頃の青年への配慮のなさ、なんとかならないものか……――まして、好きなお方の前で。
小珠が恨めしげに飛雨を見ると、飛雨は「ふふ」と笑って、寄ってくる。
小珠の鼻梁に、くっつくと、眉間に口づけた。
「すねるな、すねるな」
「すねていません」
笑い声が立つ。飛雨は、美しい裸身を、惜しげもなく日の下にさらしていた。
おれのような子ども、相手にしていないということだろうな。小珠は寂しい気持ちになる。
まして、自分と飛雨では、体のつくりから違うのだ。年齢、体格――すべてが隔たりとなっている。
小珠は目を伏せ、川に身を任せた。
《完》
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