「オメガの騎士など認めない」と言われましたが
ノアは、カイルが贈ってくれたドレスを見上げる。美しい、鮮やかな光沢のそれを、じっと見つめた。
カイルの来訪を、女給が伝える。ノアは「ありがとう」といい、応接室に向かった。
「カイル」
「ノアさん、体調は……」
カイルが立ち上がるのを、ノアは手で制して、向かいに座った。自分の頬を叩いて示す。
「お前こそ、頬に切り傷ができているぞ」
「あ。これは、大したことないです。魔獣狩りでちょっと」
カイルはさっと頬を隠した。カイルらしくない。ノアは、じっと、カイルを見つめる。そして、決然と口を開いた。
「カイル」
カイルは、ノアを見つめた。ノアもまた、カイルの目を見つめた。瞳に互いが映り合う。
「薬湯」
カイルの体がぴくりと揺れた。
「……お前が、取引してくれたんだな」
二年前。
思えば、カイルが遊学から帰ってきたときだった。母がこの薬湯を、持ってきてくれたのは。
「どうして、言ってくれなかったんだ」
「それは……」
「いや、わかっている。母から……」
ノアは、そこで言葉を切った。そして、強く首を振った。
「違う」
カイルを見つめる。
「教えてくれ」
カイルが目を見開いた。
「お前の口から……お前の言葉で、俺は知りたいんだ」
ぎゅっと、膝の上の、拳を握りしめた。でも、目はそらさない。もう、そらす気はなかった。
「お前の心が知りたい。……ずっと、知りたかった」
『ごめんなさい』って離れていった、カイルの背。怒るばかりで、追いかけられなかった。でも、本当は。
「ちゃんと聞くから。俺からもう、離れないで」
指先が冷たい。怖かった。ずっと、ひたむきに、ノアはカイルを見つめ続けた。
「カイル、勝負だ!」
何も変わらなかった、あの頃のように。
沈黙が続いた。ノアは、見つめ続けた。
カイルが、静かに、目を伏せた。
「ごめんなさい」
カイルが、すっと両手を上げた。
「俺の負けです」
ノアは、目を瞬かせた。カイルは、目を上げる。そして、すっと跪いた。ノアの手を取る。
「ノアさんのことが、ずっと好きだったんだ」
カイルは、額にノアの手の甲を付けた。静かに、懺悔するように、ささやき出した。
「気づいたら、もうノアさんに、剣を向けられなくなった」
ノアは、息を呑んだ。カイルの目は、固く伏せられていた。手が、じわりと湿る。
「騎士として、失格です。わかってるけど、もうどうしようもなくて……」
カイルの手は、震えていた。
「気づいたら、隣国に行ってた」
「カイル」
「ノアさんの為だって……薬湯を探して……ノアさんのお母様に渡して」
ぐっと手を引かれた。ノアの身体が、前にかがむ。カイルの手は驚くほど冷たい。ノアは、背に触れようとして、躊躇った。広い背。
「助けたかったのは、本当です。でも」
「カイル」
「……怖かっただけかも。ノアさんに、失望されるのが。だから……」
カイルの言葉が詰まる。ノアは、カイルの頭を引きよせ、強く、抱きしめていた。
「ノアさん」
「カイル」
カイルが息を詰めたのが、耳元に響いた。ノアは呼んだ。それ以上、言葉にならなかった。ノアの声に、涙がまじる。
「カイル……」
もっと教えて。
ノアは、ずっとカイルを抱きしめ続けた。