「オメガの騎士など認めない」と言われましたが
ノアは、ベッドの上にひとり横たわっていた。
ヒートではない。けれども、オメガ特有の不調だ。
「情けない……」
これだから、殿下たちに不安に思われるのだ。目元を手の甲で覆って、ノアは深く息をついた。
「ノア」
母が、女給を連れて、静かに部屋に入ってきた。ノアは身を起こそうとしたが、押し留められる。
「そのままで。薬湯を持ってきましたよ」
「母上……ありがとうございます」
女給から受け取れば、母の趣味の隣国風の器に、あたたかな薬湯が満ちている。湯気を吸い込むと、ほのりと体があたたかく緩んだ。
薬湯を飲み、人心地つく。ささくれた神経のバランスが、整う心地がした。
『ノアさん……!』
カイルの声が、ふいに蘇った。自分を抱きしめた、腕の強さも。ノアはぎゅっと目を瞑って振り払った。
全部、もう過ぎたことなのだ。考えたくない。
「カイル殿から、ドレスが届きましたよ」
「えっ……」
「美しいものですから、見てみなさい」
ノアは、首を振った。けれども、頑なに「嫌だ」と声はでなかった。
どうやら、体につられて、心も弱ってしまっているようだ。情けなさに項垂れる。
カイルと舞踏会に出るなんて、嫌だ。ただのオメガ扱いなんて、されたくない。
『俺と出てください』
嫌だ。お前となんか、絶対に出たくない。
『騎士になるのが、ノアさんの夢だったでしょう』
うるさい……!
ぎゅっと布団を握りしめた。母は、何も言わなかった。ただ、そっとノアの手を包んだ。母のやわらかい手の中に、自分の手が震えていることを知った。
「母上」
「いいのですよ」
母は、優しく笑っていた。
「母様は、お前が殿方のもとで、美しく咲き誇るのが似合うと思っています」
「母上」
「でも、もっと似合うものがあります」
「晴れやかな笑顔です」
ノアは目を見開いた。
「それさえあれば、お前は無敵です。お前が一番、笑顔になれる選択をしなさい」
あたたかで、伸びやかな言葉に――ノアの気持ちの堰が切れた。
「お母様……!」
ノアは顔を覆う。母はノアの背をさすった。
「どうしていいか、わからないのです」
母の腕にすがる。騎士たるもの、情けない。そんな叱咤さえ、今は遠い。
「騎士を続けたいです。けど……」
「カイル殿は、お嫌ですか?」
母が、じっとノアの瞳を覗き込んできた。ノアは、唇をぎゅっと引き結んでいた。
「嫌です」
「ノア」
「だって、カイルは……」
固くつむった目から、涙がこぼれた。慌てて拭う。
カイルは向き合ってくれない。打ち合っても、くれない。なのに、パートナーなんて。
ぜんぜん、意味がわからない。――姫様とは、打ち合うくせに。
歯を食いしばった、これ以上、涙をこぼさないように。歯の隙間から、そっと息をもらした。ふるえないように、全身の力でもって。
「ノア」
母上の指が、ノアの目元に触れた。やわらかで、たおやかな指先。
「その気持ちを、お伝えしなさい」
ノアの腕に、そっと触れた手は、やさしく、それでいて確かだった。
「騎士ならば、向き合うのです」
「母上」
「敵前逃亡は、許しませんよ」
母の優しく……厳しい声に、ノアは息を呑む。母は、ふ、と微笑した。
「その薬湯、お前にぴったりですね」
虚をつかれ、ノアはきょとんとした。手の中の薬湯を見下ろす。そして、ぎゅっと手の中に握り直した。
「はい」
二年前、母が自分にあつらえてくれたものだ。
ノアは、ヒートを抑える薬草の副作用が強かった。動けないほどではなかったし、鍛錬を終えるまでは保った。そのあと、いつも吐いていた。
母は、そんなノアを心配して、何度も騎士になることをとめた。
「無理です。やはりオメガに騎士なんて」
と。
それでも、ノアは諦めたくなかった。騎士に、きっとなると決めていた。
カイルがいなくなったのは、そんな矢先で――心細かった。失望されたとも、思った。
必死に励んで、立派な騎士になろうとするも、伸び悩んで三年が経った。そんなとき、母が、この薬湯を持ってきてくれたのだ。
……嬉しかった。
母は、ずっと、ノアが騎士を志すことに反対していたから。
きっとこの荒波をこえて、騎士になってみせる。そう思ったのだ。
「その薬湯を持ってきてくれたのは――」
ノアは、目を見開いた。