「オメガの騎士など認めない」と言われましたが


「よろしくお願いします」

 皆を医務室に運び込み、ノアはひとり、その場をあとにした。ひとり廊下を行く足取りは暗い。

「カイルの馬鹿……」

 しらず、言葉に毒が交じる。

 アンブローズはあれから、側近に運ばれてその場を後にした。

「カイル」

 アンブローズが手をのべて、カイルを呼ぶ。カイルは黙って、後に続いた。一枚の絵画のように、美しい光景だった。
 思わずため息が出るような二人に反し、ノアはひとり鼻をすすっていた。

「ひどい。あんなに露骨にしなくても……」

 ぎゅっと拳を握った。必死に涙を堪える。

『そなたはいつも、わらわにまっすぐ向き合ってくれるな』

 アンブローズの声が蘇る。うう、とノアは唸った。

「俺には向き合ってくれないくせに」

 姫様のお気持ちは、僭越ながら少しはわかる。一生懸命していることに、まっすぐ向き合ってもらえることが、どれだけ嬉しいか……。
 まして、オメガと言うだけでなく、王子殿下というお立場のアンブローズだ。葛藤は自分に比べるのもおこがましい。アンブローズの翡翠色の目は、カイルをまばゆく見つめていた。
 カイルだって。

「うう」

 目から溢れた涙を、必死に拭った。自分がひどく、ちっぽけに思えた。
 鍛錬場を片付ける。気持ちがどうにも切り替わらず、剣を持ち、振るった。
 今は、忘れられる。けど、剣さえ奪われたら、自分はどうしたらいい?
 苦しい。どうしても苦しかった。

「何をしている?」

 涼しげな声が、耳を通り抜けた。ノアは、振り返り、慌てて礼を取った。

「で、殿下……」
「遊びとはいい度胸だな、ノア」

 フレデリックが、冷笑を浮かべ、佇んでいた。一歩ずつ、ノアに歩み寄ってくる。

「汚い。なんとみっともないのか」

 フレデリックは、土埃にまみれたノアを鼻で笑った。ノアはかしこまる。フレデリックはノアを見下ろした。

「ひざまずけ」

 フレデリックの命に、ノアはならう。フレデリックは、は、と息をついた。

「この期に及んで、ままごとに精を出すとは、ずいぶんと余裕と見える。それとも、もはや諦めたか?」
「め、滅相もございません」
「誰が顔を上げて良いと言った」

 肩を蹴り上げられ、ノアは倒れる。フレデリックが空を背負い、見下ろしていた。肩を踏まれる。

「ダンスの練習もせずに、結構なことだ」
「……殿下」
「お前のような格落ちのオメガが、花を得られるほど、この国の姫やオメガは甘えていないぞ」

 アイスブルーの瞳は、ノアを叱責する。ごもっともで、ノアは黙るしかない。

「この国一、非才のオメガの誕生も近いな」

 フレデリックが軽やかに笑う。ノアは、目を伏せて、黙っていた。今はひどく刺さる。

「立て」

 フレデリックの命に、ノアは身を起こす。フレデリックが、ぐいとノアの手を取った。

「えっ?」
「踊ってみろ。僕が特別にリードしてやる」

 腰を抱かれ、引き寄せられた。突然のことに、ノアは目を白黒させる。

「そ、そんな。勿体のうございます」
「早くしろ。今すぐ剣を取り上げられたいか?」

 フレデリックは、冷たい目で脅した。ノアは戸惑いながら、圧されるままに、ステップを踏んだ。
 ……騎士になるための条件として、オメガの嗜みは受けている。問題はなかった。だが、これは一体、どういう状況だろうか?

「ふ」

 フレデリックが薄く笑う。腰を一層強く引き寄せられ、ノアは息を呑んだ。顎をすくい上げられ、顔を寄せられる。

「こうして見ると、お前も悪くない」

 親指で、唇をなぞられる。
 アイスブルーの瞳が細められる。

「あの、殿下……?」
「ただのオメガになった暁には、僕が慈悲をくれてやらん……こともない」
「えっ?」

 フレデリックの目元は、紅をさしたように赤くなっている。それを、ノアはひたすら困惑の様子で見ていた。
 顔を更に近づけてきた。
 そのとき、刺すような剣気が鍛錬場に走った。
 

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