また、明日がくる


 すー……と息を吸う。腕を後ろに引いて、前にびゅん、と繰り出した。

「いっ、」

 痛みに顔がぎゅってなるのを耐え、もう一度。
 お昼休み。俺はいつもの空き教室で、素振りをしてた。次の稽古までに、練習しておこうと思って。竹刀は持ってないから、筆箱で代用して、先生から、何度も教わった動きをくり返す。

「うーん……」

 俺は首をひねった。なんだか、しっくりこない。筆箱がだめなのかな。でも、それだけじゃないような…….。足さばきのおさらいを、したほうがいいのかな。でも、気になる。悩みながら、筆箱を何度も振ってた。

「樟(くぬぎ)くん」

 ふいに、後ろから声がかかった。

「せ、先輩……!」

 振り返ると、先輩が扉のところに立ってた。俺は慌てて、頭を下げる。

「こ、こんにちは」

 先輩は笑って、

「楽にしてくれ」

 と手をあげた。さっと、こちらへ歩いてくる。

「精が出るな」
「い、いえ。すみません」

 先輩の言葉に、俺は頬が熱くなった。恥ずかしい。ぎゅっと、筆箱を握りしめた。

「お、お見苦しいものを」
「何がだ?」

 先輩は、不思議そうに首を傾げた。

「努力する姿は、この上なく美しいものだよ」

 そう、朗らかに笑った。あまりに大らかな響きで、俺は見入ってしまう。すごいなあ、大人物って、先輩みたいな人を言うのかな。

「なにより可愛……いや、」

 こほり、先輩は咳払いをした。
 何を言ったんだろう? 俺が見上げてると、先輩はにこっと笑った。俺の手の中の、筆箱を見る。

「なつかしいな。俺もよくそうしたよ」
「そうなんですか?」
「ああ。小さい頃なんか、棒を見れば全て竹刀に見えてな……よく叱られたよ」

 項に手をやって、笑う。先輩にも、そんなやんちゃな時期があったんだ。何だかほほ笑ましくて、俺も、笑みがこぼれた。

「そうだ。素振りなら、俺が見ようか」
「えっ」

 しばらくして、先輩が言う。俺は声を上げた。

「で、でも――」
「大丈夫」

 おろおろする俺に、先輩は頷く。そうして、すっと肩を開いた。真っ直ぐな姿勢が、より強くなる。

「振ってみなさい」

 雰囲気が変わった。穏やかだけど泰然とした様子は、大木みたいだ。ここで頼まないほうが失礼だって、感じるくらいに。

「はいっ。お願いします!」


《本編に続きます》

本編
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