七話 どうして瀧
「理央」
「母さん……」
次の日、診察を終えて帰ったら、母さんが病院の前で待ってた。病院のカフェスペースでコーヒーを飲んでた。
「来てくれたの」
「当たり前じゃないの」
そう言って、俺の顔を覗き込んだ。どうしよう、もう少しましな顔になっておくんだった。おろおろ目を動かしてると、母さんの手が、頬に触れた。「やつれてるわね」と言った。
「顔色も酷いわ」
「ごめん、今日朝ごはん食べてなくて」
「食べないと駄目よ」
俺をカフェの所へ連れてって、「なにかお腹にいれなさい」と言ってくれた。なにか食べられるものを、一生懸命探した。
「えっと……ゼリー」
「うどんも食べなさい。温かいから」
「う、うん」
食べられるかな。俺は汗が出た。でも、忙しい中来てくれた母さんの気遣いを、無下にしたくない。なんとか食べよう。ここは病院なんだし、大丈夫。テーブルの下で、手を落ち着かなげに、何度も握って、こすり合わせた。
「先生、何て言ってた?」
「あ、あのね。抑制剤の副作用と……ホルモンのバランスが乱れてるって」
「そう。ちゃんと寝てる?」
「うん」
「寝ないと駄目よ。勉強、大変?」
「う、ううん。俺とろいから、宿題に時間かかっちゃって」
「そう……」
母さんはテーブルに指をとんとんとして思案げにしていた。
「塾もいいけど、キツイわね。もうちょっと体調が整うといいのにね」
「うん。ごめんね」
「いいのよ。私はアルファだから、よくわかんなくてね……」
ふう、と母さんが眉を寄せた。タバコを探すみたいに指を動かして、止めた。
「また、
母さんの言葉に、俺はぎくりとした。久未っていうのは、瀧のおばさんの名前だから。俺は身を小さくして「うん」と言った。うどんが来た。
「他には?」
「えっと……カウンセリングを受けてみないかって」
「カウンセリング? なんでまた」
「えっと、新しいアプローチで……」
俺は、言葉を濁した。罪悪感が胸に滲む。本当は、瀧のことで心を吐き出してみないかって、言われたんだ。オメガは恋で相当バランスを崩すから、専門の人がいるんだ。
けど、それを言ったら、母さん、心配する。言ったほうがいいってわかってるのに、言葉が出なかった。
「お薬でも難しいのに、話してよくなるのかしらね」
母さんは不思議そうに聞いていた。
一生懸命うどんを食べてると、母さんが、「そうだ」と言った。
「お薬っていったら。今度、休みを取るのよ」
「そうなの?」
俺は顔を上げる。それは嬉しい。母さんといられるし、母さんは、働きすぎだから休んでほしい。俺を見て、母さんもにこにこと笑う。
「それで、ちょっといいところに、みんなでご飯にでも行こうって久未と話してたのよ」
「えっ」
俺はうどんを箸から落とした。ぱしゃんと出汁が跳ねる。慌てて俯いた。母さんは「あらあら」と笑ってる。どうしよう。だって俺たち……。
ちゃんと言わなきゃ。会えないって。息を吸って、吐いた。
「瀧くんもね、今回は来るらしいわよ」
俺は息を呑んだ。
「ほら、あんた入院したじゃない? 照れて意地張ってる場合じゃないとでも思ったんじゃないの」
母さんが、俺を励ますように言った。その目には、少し瀧を咎める空気があった。俺は、おずおず、頷いた。いま、どんな顔をしてるかわからない。母さんに心配かけるような、ものじゃありませんように。
頭が揺れる。俺は頬の内側を思い切り噛んだ。テーブルの下で太ももをつねる。
落ち着いて。大丈夫だから。手が冷たい。汗が出ていた。
――瀧、どういうこと?
涙がにじんだ。意識が、頭から出て、影みたいに、ぐんと伸びて広がったのを感じていた。
《完》