六話 対峙(瀧視点)
時が止まった。
「一人のアルファとして、人間として。彼のことを愛おしく思う」
志島の目は、どこまでもまっすぐだった。
こいつは何言ってる? あまりに堂々とした物言いはいっそ不可解で、狂人かとさえ思った。
「あんた、理央と会ってどれくらい?」
「初めて出会ってから、ひと月ほどになる」
「――それくらいで」
俺は思わず脱力した。乾いた笑みが、ため息みたいに漏れる。バカバカしい。志島は気にした様子もなく、「いけないか」と言った。
「愛に時間は関係ないだろう」
俺はいっそう笑った。声が震えていた。怒りと――主に蔑みに。こんなに人を嘲ることが、できるものか、と自分でも驚くくらいに。胸の内が、氷をまとったみたいに、冷たい。
「だったら何? あんたは思ってれば理央の男にでもなれると思ってるのか」
「そうは思っていない」
俺の蔑みに、志島はすぐに返してきた。その速さに、一瞬虚を突かれる。志島は鷹揚に腕を組んだ。
「愛とはそういうものではない。互いに行き交わすものだからな」
「……はは」
わかってるじゃないか。――このクソ野郎。
「だったら、あんたに目はないな」
俺は、志島を嗤った。こいつは何を言いたかったんだ? 子供じゃあるまいし、理央を好きだとさえ伝えれば、叶うとでも思ったのか。
「選ぶのは理央だ。理央は、あんたなんかと『行き交わす』ことなんかない」
そんなことも、わからないのか。どれほどおめでたいのだか……もうたくさんだ。こいつの呑気な顔も無駄にでかい図体も全てが癇に障る。すると志島は眉を上げた。
「君は、わからないのか」
そして、独り言のように呟いた。そうして、また平素の顔に戻る。誠実ぶった目障りな顔に。
「樟くんは、人と愛情を行き交わせることがとてもうまい子だ」
俺は志島に掴みかかった。
掴みかかってから、そのことに気づいた。それくらいのぼせ上がっていた。シャツをちぎる勢いで掴む。
「理央を侮辱するな!」
理央は違う。理央はそんな、浮気者じゃない。志島は、静かに俺を見下ろしていた。組んでいた腕をおろして、首を傾げる。
「侮辱? ――俺はこの上ない美点として、彼のこの性質を捉えている」
「ふざけるな……あんたは、自分が理央に好かれることを正当化したいだけだろ!」
「それは君じゃないか」
咄嗟に振りかぶった拳を、志島は受け止めた。殴りかかられたのに、志島は平静のままだった。断固とした力で、俺の骨を折る勢いで、押し返してくる。俺の体からは、威圧のフェロモンが溢れていた。耳元で、風の鳴るみたいな音がする。俺と志島は睨み合った。
「やはり聞いておこう」
志島は言った。
「君は、樟くんのなんだ?」
俺は拳をおす。膠着状態に奥歯を噛み締めていた。くそ、ゴリラみたいな力しやがって。俺は、怒鳴り返す。
「あんたには関係ない」
「そうか。なら、君に殴られる言われもないな」
「ふざけるな、クソ……!」
「答えなくても俺が樟くんに向かっていくことは変わらない。これは行為のための確認だからな」
頭に血がのぼった。視界が横に広がる。
「君がなにも言わないなら、それでいい。……樟くんは、ただ君に失恋したんだな。そして君はそれを惜しんでいる」
殴打の音が響いた。
俺は、志島を殴りつけていた。体から、途方もないくらいのフェロモンが溢れていた。息があがって、肩を上下させた。志島は動じたふうもなく、姿勢をただした。口の端に、血が滲んでいる。
「あんたに、理央の何がわかる! 理央は、理央は……!」
言葉がすぐ継げなかった。あまりのことに、思考が散らばっていた。こんなことは初めてだった。視界が揺れる。頭が痛かった。
「俺を嫌うはずない! 理央は、一生俺のものだ……!」
『
理央の笑顔が、脳裏に浮かぶ。嬉しそうに、俺の手を握ってた――可愛い顔。
そうだ、理央が俺を嫌うはずない。ずっと、何があっても俺を好きでいるって、約束したんだ。
「樟くんは物じゃない」
志島は動じなかった。
「よしんば、樟くんの気持ちが君にあったとして、俺は君に対して遠慮するつもりはない」
静かに、志島は言った。
「君は、彼を深く傷つけているからだ」