三十二話 ゆらめき
ようやく呼吸が落ち着いて、俺は胸に手を当てて、息を吸った。
「すみません」
そっと、先輩が俺のスマホを手に取った。俺の目を見る。俺は、頭を下げて、受け取った。
『理央?』
「ごめん、瀧」
やっと、返事をする。かなりの間、応えられなかったのに、瀧は待っててくれたみたいだった。ぎゅっとスマホを握る。胸の前で拳を握った。
「平気。ごめん」
『理央』
瀧は、それきり黙った。沈黙が広がる。俺は、返事を待った。ゆっくり、息をするようにつとめながら。
『――』
「え、」
『何でもない』
それきり、通話が切れた。
なんて、言ったんだろう。俺は首を傾げる。通話の終了した画面を、じっと見ていた。
「すみません。先輩」
「いや」
俺は慌てて、先輩に向き直った。スマホを置いて、ベッドの上で頭を下げる。
「ありがとうございます」
先輩は首を振った。沈む前の日が、先輩の輪郭を透かしていた。先輩は、何も言わなかった。ただ静かに、俺を見てる。
「先輩?」
ふっと、先輩の体が離れる。
火がゆれるみたいに、音のない、頭に残る動きだった。
「のどが渇いたな」
先輩が言った。もう、いつもの声と笑顔だった。
「なにか買ってこよう。お茶でいいか」
「あ、」
言うなり、先輩は颯爽と部屋を出ていってしまう。俺は先輩の広い背を、ただ見送った。
どこか、ほうけた気持ちで。