三十一話 断ち切って、いま
「
夕方に、先輩が会いに来てくれた。
きっと走ってきてくれたんだろう。先輩の肌には、汗がにじんでた。
「先輩」
俺はベッドから降りて、先輩のところへ行く。先輩は慌てて俺を支えてくれた。
「無理をするな」
「もうかなり、いいんです。明日の検査が済んだら、もう退院できるって言ってもらえました」
「そうか」
先輩は、すごくホッとした顔で、笑ってくれた。俺は、先輩の笑顔をまぶしげに見上げる。先輩も、じっと俺を見つめた。そっと、俺の髪に触れる。でも、何も言わなかった。優しさに、胸があたたかくなる。
「髪、切ったんです。さっぱりしました」
「ああ」
「元から切りたいなって思ってたんです」
「そうか」
先輩はそこで黙った。視線をさまよわせてる。
「綺麗だ。今、言うことじゃないかもしれないが」
そう言って、先輩は項に手をやった。
綺麗なんて、俺に似合わない。けど、嬉しかった。顔はあんまり隠せないから、なんだか照れくさい。
「先輩」
「うん」
「ありがとうございます」
助けてくれて……その後もずっと、俺を励ましてくれた。大会前で忙しいのに、今もこうして、会いに来てくれてる。
申し訳ない。けど、「迷惑かけてる」って思うのは、先輩の気持ちに、きっと失礼なんだって、思った。だから、俺は笑った。申し訳ないを越える、ありがとうで。
「樟くん、」
先輩が目を見開く。
じっと向き合ってると、母さんが入ってきた。
「あら」
「あっ。こんにちは、お邪魔しています」
先輩がさっと頭を下げた。母さんは、さっと頭を下げ返す。
「いえ、ありがとうございます。こちらこそ、お見舞いに来ていただいて」
母さんは、スーツを着ていた。ささっと俺のところへ来て、箱を渡した。焼き菓子の箱だ。
「ちょうどよかった。よかったら召し上がってください」
「母さん」
「理央、行ってくるけど。何かあったらすぐに言うのよ」
「はい」
「
「いえ、顔を見られたら十分ですので」
母さんの言葉に、先輩が応える。母さんはまた一礼して、足早に去っていった。俺は母さんのすっと伸びた背を、見送った。母さん、かなり無理して側にいてくれたんだ。じっと、去っていった影を追う。
手渡された焼き菓子の箱を見た。母さんのお気に入りのお店のものだけど、俺は首を傾げた。正直、母さんのお見舞いで焼き菓子は珍しい。お見舞いはいつも、サンドイッチとかフルーツとか、生ものだから。先輩と一緒にって言ってくれた。
俺は、先輩を見上げた。先輩はまだ、母さんのことを見送ってくれてた。静かな横顔を見てると、ふいに目が合う。
「先輩」
「いいお母さんだな」
「はい」
優しい眼差しで言われて、俺はうなずく。俺は胸があたたかくなった。大切な人をほめてもらえるのは、すごく嬉しい。にこにこしてる俺を、先輩はじっと見てくれてた。