三十一話 断ち切って、いま
先生が目を見開く。俺は膝の上で、ぎゅっと拳を握った。お腹に力を込める。
「診断書と写真……俺の体に残ってたフェロモンで、証拠になりますか」
「ああ。それはもちろん……でも、」
先生は心配そうに俺を見つめた。入院してから、俺は泣いてばかりだったし、調子だって崩してた。俺が無理をしていないか、慮ってくれてるんだ。
ありがたかった。けど、だからこそ――これじゃダメなんだ。
「俺、今回のことを、このままにしたくないんです」
自分の顔が、険しくなるのを感じた。思い出すのは、あいつらの言葉だった。
『二度と外歩けねえようにしてやる』
背筋に冷たいものが這い上がって、俺はお腹に力を込めた。
落ち着け、おびえてる場合じゃない――負けるもんか。
心の中で、はっきり言葉にする。
あいつらは、俺の家を知ってる。それなら、ここで俺がやらないといけない。
でないと、母さんまで危ないんだ。そんなことは、絶対に許せなかった。
「相手は顔見知りで、同じ学校の人です。だから、訴えるべきところはどこか、まだわからないですけど……」
俺が、母さんのことを守るんだ。守らなくちゃ、いけない。
母さんがそうしてくれるみたいに――俺も、母さんの家族なんだから。
母さんだけじゃない。先輩も、先生や看護師さんも。皆、俺を思って、俺の気持ちを守ろうとしてくれる。だから、決めるのは俺じゃないといけない。
「俺、戦います。また学校に行きたいから」
部屋に戻って、俺はじっと、ベッドに座ってた。母さんは、外で仕事の電話をしてる。
『わかったよ、理央くん。でもまず今は体を休めて。それから、お母さんとも話し合って決めよう』
先生の声がよみがえる。
俺が思い詰めてないか、心配してるんだと思う。自分ではわからない。
でも、そうだとしてもやらなくちゃ。さっき先生に伝えた気持ちが、ふっとよみがえってくる。
また、学校に行きたい。あの家に、帰りたい。母さんと一緒に。
俺は鏡に向きあう。ざんばら髪の俺が、じっと俺を見つめてた。ぐっと唇に力を込めて、俺はスマホを構えた。
「理央くん、行きましょうか」
「はい」
看護師さんに呼ばれて、俺は立ち上がる。写真にはおさめた。けど、切る前にもう一度、他の人にも頼んで、撮ってもらっておこう。