二十九話 あふれ出した心
「君は悪くない」
先輩の手が、俺の頭をなでた。
「君は悪くないよ」
「……っうそ」
「嘘じゃない」
「嘘です、じゃあ、どうして――」
「今は受け止められなくていい。だが何度でも言う」
静かな声だった。ひたすらに、あたたかい熱に、俺は包まれてた。
「君は悪くない。ただ、愛しただけだ」
目を合わせられる。ぼやけた視界の向こう、輪郭が、かたちになる。
「だから痛くて、仕方ないんだ。……自分を、苛むほどに」
先輩の目が、細められる。痛みを堪えるみたいに。
「ずっと、ひとりで堪えていたんだな」
優しく、何度も目元を拭われる。
ひっ、と嗚咽が漏れる。涙があとからあとからこぼれて、止められなかった。
「で、でも」
俺は首を振った。
「好きだからって、何をしていいわけじゃ……迷惑かけていいわけじゃ」
「君は、迷惑をかけてなんかいないだろう」
断固とした響きに、反発する。
「せ、先輩は、俺のこと知らないんです! 俺、ずっと瀧のこと……」
子供みたいに、何度も首を振った。こんなことしちゃだめだって――わかってて、止められなかった。
「いやがってるの、わかってたのに。なのにずっと……」
「うん」
先輩は、頷いた。
「好きだったんだな。控えめな君が、そこまでするなんて」
よほどつなぎ止めたい人だったんだろう。
先輩が、俺の髪をなでた。「頑張った」って言うみたいに。俺は先輩を見あげた。慈しむみたいに、見つめられる。
「う、」
声がこみ上げた。胸の奥が、いっぱいにふくれる。
「わあぁ……!」
気持ちが、涙と叫びになってあふれだした。
止め方も、わからなくて。ただ、迷子になった子どもみたいに、必死に声を上げて、泣き続けた。途方もないみたいに、ひどく心細くて。
「いい子だ」
先輩が、俺の背をさする。嗚咽を、先輩のシャツがのんだ。
「大丈夫だ。どれだけ泣いてもいい」
たしかな腕が、俺を抱きしめた。
「俺は、ここにいるから」
先輩はずっと、くりかえした。