二十四話 会いに行くなら(瀧視点あり)

 
 陽炎なんて、だるい。
 外なんて見えないように、ブラインドを閉じ切った、仮宿の自室。人慣れしないベッドに、俺は一人、腰掛けていた。うだる熱気さえ感じない、無機質な匂いの部屋。痛いくらいに空調が効いてた。
 暇だ。本当に暇。
 朝晩の、理央りおとのメッセージくらいしか、これと言ってすることがなかった。勉強なんかどこでだって、いつも通り出来るんだ。そもそも、よく考えたら高校生にもなって親の用事についてくとか……。
 ベッドに仰向けに倒れ込んで、天井を見上げる。磨いたみたいに白いそれにも見慣れた。どうやって手入れしてるんだろう。そんな非生産的な思考でさえ、暇つぶしになる、虚無な時間。
 去年までは、それは……理央を避けたくてついてきてたんだけど。

たき

 夏休み前の、理央の声が蘇る。夏の朝の日差しと、それを受けた真剣な眼差しも。
 夏休み、どうするんだって、声は微かに震えて、それでも芯を持ってた。記憶をなぞるだけで、胸や頬のうちに、熱がさっと灯る。伝搬して、顔中が熱くなった。
 ……嬉しかった。
 まさか理央から、誘ってくれるなんて。
 思ったより、俺たち早く進展してるのかな。
 トークルームのメッセージや通話履歴を見る。理央は、メッセージだけだと気持ちを隠すから。可能な限り、俺は声を聞こうと思ってる。理央は、一生懸命、今日あったことを教えてくれた。

『あのね、合宿にも行ってみようと思ってて……』

 言葉が気持ちに追いつかない、懐かしい理央の話し方。胸の奥が痛いくらいに、ぎゅっとなる。なのに、ふ、と笑みがこぼれてしまう。それを自覚したら、駄目だった。
 こんなとこにいる場合じゃない。ベッドから、はねあげるように身を起こした。
 帰ろう。
 母さんだって子供じゃないんだし、大丈夫だろ。むしろ父さんと二人きりで嬉しいじゃないか。
 決めるが早いか、俺は鞄を取り出して、荷造りを始めた。もとより大したものを持ってきてないんだ。それだけでいかに自分のやる気がなかったかが窺える。
 さっさと終えてしまって、スマホを確認する。必要もないのに、理央のトークルームを開いてしまう。直近の『おはよう』をなぞると、口元がほころぶ。
 ……デートとか、誘ってあげて。なんなら剣道教室にも、顔を出してもいいかも。
 剣道、頑張ってるみたいだし。何か差し入れしてあげてもいいかな。理央の反応を想像した。ここ最近なまってた心身が、一気に動き出したのを感じた。
 本当に、なんでここに来ちゃったかな。
 習慣?

 俺は肩に鞄をかけ、仮宿を出た。

「あら、瀧? どこ行くの」

 リビングで母さんと居合わせる。よそいきみたいに綺麗に着飾って、ソファにくつろいでる。ここに来たときの、いつものスタイルだ。なら問題ない。

「やっぱり帰る。……塾にも行きたいし」

 俺の言葉に、母さんは「あら」と、目を丸くした。じっと俺の顔を見つめる。

「あらあら……」

 声を甘くして、笑みを深める。その意味深な目に、俺は少々不愉快になる。母さんは気にした様子もなく、ころころと笑った。

「そう、そうよね! 最近あなた、楽しいみたいだし」

 沈黙で抵抗する。大人はこういうこと、一々しなきゃ気がすまないのか? 俺は歩を進めた。

「べつに。勉強したいだけ」
「あら、そーお?」

 くすぐるみたいに、甘く高い声ではやしてくる。応えないでいると、楽しげに嘆息した。

「ま、いいわ! そういうことにしといたげる」

 うざい。ご機嫌ですって声に、どうしようもなく、気持ちがざわざわする。俺がどうであろうが母さんに関係ないだろ。頬に熱がこもって、ぐるぐる回ってくる。

「それならママも、パパとデートしてこようかしら! 新婚のころに戻って」
「好きにすれば」
「はいはい」
「じゃ、行くから」

 ようやく話が終わった。俺は鞄を背負い直して、玄関に向かおうとする。母さんが「あっ」と忘れ物を思い出したみたいに声を上げた。

「ハメは外しちゃ駄目よ? いくら二人きりだからって、ね」

 咄嗟に振り返ると、母さんが、ウインクした。

「じゃ! 理央ちゃんによろしくね〜」

 そう言って、母さんはソファからグラスを持って、立ち上がった。おかわりにでもいくんだろう。そんなことが逃避みたいに浮かんだ。
 頭が熱い。

「っ……最悪だ」

 親のくせに。こんな下世話なこと言ってくるなんて。本当に、こういうところ嫌いだ。そっちはからかいのつもりかもしれないけど、本当に迷惑だ。
 怒りのまま玄関に向かおうとして、足が止まった。ここでいけば、下品な妄想の肴にされる。……俺も理央も。何かしようがしまいが、それを話すのが楽しいんだから。
 沈黙する。
 引き返すのもださい。「意地はっちゃって」などと笑われる未来が見えてる。けど。

「考えられるよりましだ」

 俺は仮宿に引き返す。
 鞄をベッドに叩きつけた。なかでゴトリと、荷物が嫌な音を立てた。

 落ち着け。
 言質は取った。会いたくなったら、いつでも会えるんだし。そう、励ましながら。


1/4ページ
スキ