二十一話 一歩ずつでも
「みなさん、お疲れさまです!」
練習が終わって、片付けをしてると、お迎えに来たお母さんが大きな紙箱を持ってきた。
蓋を開けると、香ばしい匂いがさあって立った。
「わー!」
「コロッケ揚げてきました! よかったらどうぞ」
「やったー!」
高い歓声が上がる。先生が「さあ」と言うと、皆一列になって、ぴしりと礼を取った。
「差し入れ、ありがとうございます!」
俺も一緒にお礼しながら、すごいなあと思う。ここは、近所のお店の子がたくさん通ってるからか、たくさん差し入れがくるんだ。
今日はお肉屋さんのコロッケ。皆嬉しそうにさっそくかぶりついてる。お母さんはにこにこ、皆が手に取るのを嬉しそうに見てる。お手伝いとかしたほうがいいかな。うろうろしてたら俺の番になって、お母さんがにこっと顔を上げた。
「ありがとうございます」
お母さんが俺を見て固まった。なにか、失礼なことをしちゃったのかと、俺はあわてる。
「あ、あの」
「あらー!?さ、最近入った子かしら!?」
大きな声に、今度は俺が固まった。でも、明るくて優しい顔に、俺はホッとして頷く。
「はい」
「やだわ、背が高いからてっきり樹くんかと、まあ〜……!」
コロッケの箱が揺れたので、支えると「きゃあ」と声を上げられてしまった。やばい。怖がらせたかも。
「す、すみません!」
「いえいえ! ごめんなさいね……! あ、アイドルみたいねえ! や、やだわー……!」
お母さんは慌てて否定して、俺にコロッケを紙で包んで渡してくれた。熱々だ。
「おばちゃん、真っ赤!」
「理央くん、かっこいいもんね」
「こら、めったなこと言わないで! もう……!」
あはは、と明るい笑い声に、俺は顔をきょろきょろさせてた。ここに来てから、褒めてもらうことがすごく増えた。俺が受け取っていいものなのか、いつも戸惑う。でも、皆あったかい笑顔を浮かべてる。
手のなかのコロッケの温かさが、じわりと広がってくる。食べられるかな。
香ばしい揚げ物の匂いが、鼻をくすぐる。お腹がくーっと鳴った。惹かれるように、一口かじる。俺は目を見開いた。
「大丈夫か?」
いつの間にか隣に立ってた先輩が、そっと聞いてくれた。
「は、はい」
俺は頷いた。美味しい。誘われるままに、もうひとくち食べる。
美味しい……。
後でお腹にくるかもしれないから、遠慮しないといけない。そう心のなかで言うけど、さくさく、俺は食べ進めていた。美味しいって気持ちのままに、止まらない。
気づいたら、俺は空っぽの包み紙を手に持ってた。
ぜ、全部食べちゃった……俺が?
自分でも驚く。今のところ、おなかも全然重くない。
思わず隣の先輩を、見上げる。先輩はすでに食べ終わってた。上手く言葉にならずにもたついてると、俺の言いたいことがわかったのか、にこっと笑った。
「おいしかったか?」
「はい!」
何度も頷く。嬉しい気持ちがあとからあとから出てきて、追いつかなかった。
「びっくりしました。俺、こんなふうに食べれるなんて」
こんなふうに食べられたのっていつぶりだろう。いつもご飯の時間は、不安と隣り合わせだったのに。
「嬉しいです」
言ってから、あっと気づいた。いつもお昼、気遣ってくれてる先輩に失礼だったかも。見上げてはっとする。先輩の目はすごく嬉しそうだった。
「よかったな!」
そう言って、頭を撫でられた。心の中の不安が、さあっと溶け出していく。ただ、大きくてあったかい手が嬉しい。
「ありがとうございます」
ひとりでに、笑みがこみあげてくる。じわじわ、全身に広がるみたいだった。
「先輩のおかげです」
「俺は何もしていないよ」
「先輩が、俺をここに連れてきてくれました」
あたたかくて、ひだまりみたいな場所。色んな人に支えられて、この場所にいられる。
「本当にありがとうございます」
頭を下げる。俺も、ここにお返しできるようになりたい。胸の内が、温かかった。
「……君は本当にいい子だな」
「え?」
「いや。片付けをしよう」
「はい!」
先輩に促されて、俺は片付けを再開した。