相反してせめぐ中に(希結×那智)


 それからは引っ越しの準備のせいで、ふたりの時間も少なかった。いよいよ引っ越しの日に、俺は那智くんに見送りに行った。
 書いてきた手紙を渡して、手を握ってた。

「那智、そろそろ行くぞ」

 那智くんの家族が那智くんに声をかける。那智くんは「はい」と声を上げて、俺に向き直った。

「元気でな」
「うん。那智くんも」

 手を握って、それから那智くんの方が離した。手を振って、車に向かってく。

「那智くん!」

 俺は叫んでた。

「大きくなったら、僕のつがいになってくれる?」

 那智くんは、目を見開く。それから、朱をはいたみたいに赤くなった。泣きそうになるのを、堪えたのがわかった。

「いい男になってたらな」

 そう言って、いつものお兄ちゃんみたいな顔で笑った。

 那智くんが乗り込んで、すぐに車は発進された。
 どんどん小さくなってく車に、俺は手を振り続けた。那智くんもそうしてるのが、わかったから。

 さよなら那智くん。今だけは。
 絶対に、また会えるよね。そしたら、そうしたら今度は。

「絶対に離さないから」

 車が見えなくなっても、俺はずっとそこに立ち尽くしてた。
 那智くんの甘い香りを抱きしめていた。


 浮結兄ふゆにいが、玄関先に本を片手に立ってた。
 俺の姿を確認すると、中に入ってく。
 俺も、黙って中に入った。ほんの少しだけ、浮結兄の気持ちが、わかった気がした。

 今から、さみしくて気が狂いそうだった。
 だから、せめて今できることをしなくちゃいけないんだ。

「よう」

 沙結兄さゆにいが笑って立ってた。

「涙の別れか? せいせいしたな」

 俺は、一度だけ沙結兄を見て、それから脇を通り過ぎた。

「おい」

 沙結兄が声をかけてくる。けど、俺は無視して去った。今、構える気分でもない。
 こいつに怒ったからって、那智くんが帰ってくるわけじゃないから。

 部屋に戻って、テキストを開いた。
 あとからあとから涙がこぼれて、文字が滲んでぐしゃぐしゃになってく。それでも手は止めなかった。
 那智くん、那智くん。会いたい。もう会いたいよ。どんなに立派なこと言ったって寂しい。
 けど、俺たちは子供で、会えないから。

 頑張らなきゃ。
 寂しい。
 大人になりたい。
 けど、この感情を飼いならすほど、すぐに大人になんかなれないよ。

 相反する感情がせめぐ中、俺はテキストを解き続けた。
 那智くんの残り香を抱きしめるみたいに。


 《完》
 
 
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