江利也兄弟の朝


「おい、朝刊がねえんだけど」

 大きな窓から白く光りの差し込む朝。
 一番遅くに朝食の席に着いた沙結さゆが、不機嫌そうに手を差し出した。その手と不機嫌の主な対象である――少なくともそう本人は感じている――希結きゆが、不快そうに顔を歪めた。

「っさいな。それくらい自分でとれっつーの」
「あ?」

 ぼそりと呟いた希結の言葉に、沙結もまた目をすがめた。互いに朝が弱く低血圧同士の戦いに、朝食の席は糸を張ったように緊張する。
 アルファ同士、一回威圧すると止まらない。使用人たちが青ざめた顔でいるのを、俺は目線で下がるように言った。
 朝から逆に元気だよな。
 俺は一人スクランブルエッグに口をつけた。

「のろまジジイっつったんだよ」

 年少の希結のほうが大幅に旗色悪し。兄貴の本気でもないそれに、目がぐらぐら揺れてる。しかしただでは引かじと吐き捨てる。
 よしときゃいいのに、希結は気が小さい割に意地を張るからなあ。俺はジュースを飲みながら目を伏せた。

「よせ。朝からみっともない」

 ここでようやく、父さんの制止がはいる。ちなみに、ゆったりと朝刊を読んでる。うんざりとしたようにばさりとテーブルに叩きつけた。読み終わったみたい。

「げほっ! げほ、げほ……っ」

 兄のプレッシャーからの解放に、希結が咳き込んだ。母さんがやってきて、背中を撫でさすってあげてる。希結は悔しげに睨んでいた。

「希結。兄を尊敬し立てなさいと何度言えばわかる」
「……申し訳ありません」
「朝刊を兄様に渡しなさい」

 希結は唇を噛み締めて、朝刊をとり、沙結に渡した。

「どうぞ、兄様」

 沙結は当然という顔でそれを受け取った。

「沙結。お前も使用人たちを怯えさすものではない」
「はい。反省しています」

 粛々と沙結は頭を下げて笑った。さっきまでキレてたとは思えないくらい上品な態度だ。人間こうも早変わりできるもんか、大したことで怒ってないからなのか、大したことでもないのにあんなに怒れるのがすごいのか。

「さ、希結も食べなさい。みんなも、遅れてしまいますよ」

 母さんが励ますように言った。周囲がほっと明るくなり、動き出す。
 希結は半分べそをかいているのを必死で隠していたので、俺は知らないふりをしておいてやった。沙結は目ざとく気づいてて、後でまた攻撃するつもりだろうな、と思った。
 四歳下の末っ子に容赦がねえんだよ。子供っぽいと言うべきか……。

「ご馳走様でした」
「あら、浮結ふゆ、もういいの」
「今日は早いんだ。ご飯美味しかったよ」

 そう言って俺は立ち上がる。
 元より一番早くに座ってるから。家はせーので食べてたら最初のやつが割を食うようになってる。

 諍いの間に、微妙に冷めてしまったスクランブルエッグやベーコンを見る。
 沙結は新聞読んでるし、希結は泣くの堪えてて、本調子じゃない。
 温かい方が美味いし、そもそも朝食の席なんだから、食うことに専念すりゃいいのに。
 さっさと取りに行けばいいし渡せばいい。朝刊ごときで、意地になるなんてよくわからない。暇なのかな。

「では、お父様、お母様、兄様、希結。行ってきます」

 俺は一礼して、席を後にした。
 俺は忙しい。早く迎えに行かなきゃいけない人がいるんだから。面影を思い返すように、唇をなぞり、俺は廊下を歩いた。

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