安心毛布だと思ってたら伴侶にされた


「さあ、できた」

 お祖母様が、糸を切る。ぼくは完成し、ぼくとなった。ちいさなくまのぬいぐるみの体は、水を得た魚みたいに、動き出す。

「パージ。お前はこの子につかえるのだよ」
「はい! お祖母様」

 ぼくはベビーベッドによじのぼり、そこに眠る天使のような子供を、見下ろした。



「リーズ」

 ベッドの中、ぼくはぼくを抱きしめるリーズを呼ぶ。

「んー……」
「朝だよ、起きて」

 ねぼすけなかわいい子の額を、ぽすぽすと丸い手で叩くと、ぎゅっと抱きしめて頬ずりされた。

「パージ」

 ぐりぐりされて、ぼくは「もう」とぽこっとリーズを叩く。

「起きなさい。クラウスさんとでかけるんでしょう」
「いいよ、またせても」
「だめ! 起きなさい!」

 ぴゅんっと魔法でリーズの腕から抜ける。するとさっきまでのねぼすけはどこへやら、リーズはすごい速さで身を起こした。ぼくはベッドからはなれるようにふよふよと飛び回る。

「パージ!」

 ネグリジェ姿で、ぎゅっと飛びついてくる。よし、今日もぼくの勝ち! ぼくは頷いて、丸い手でぎゅっとリーズを抱きしめてあげる。といってもぼくの小さな体じゃ、もう大きなリーズの首にぜんぶ手が回らないんだけど。

「よくできました」
「ひどいよ、パージ……心臓止まると思った」

 そう言って、リーズは息をついた。
 おおげさだなあ、と笑えないのが、おにいちゃんの性だ。
 リーズは魔道士だ。
 大きな力の反動か、魔道士というものはたいてい精神が不安定で、安心毛布を求める傾向にあった。
 人形、飴玉、毛布に、本。たいてい魔道士というものは、ずっとそれを持っているのだ。
 リーズにとって、ぼくがそれだった。
 ぼくは、リーズの安心毛布。くまのぬいぐるみだ。
 リーズのお祖母様が作ってくれたんだ。お母様のお腹にいるときから、リーズは恐ろしい才を持つってわかったから。きっとものすごく精神が不安定になるだろうってね。
 すばらしい魔道士であるお祖母様によって生まれた命。ぼくはリーズの安心毛布として、ずっとリーズを守ってきた。
 安心毛布を持っているのは、まだ未熟な魔道士って言われる。弱点を見せているも同然だから。
 魔道士は恋や友情をえたら、精神が安定する。
 そうすると、安心毛布を卒業して、一人前の魔道士って認められるんだ。

 もちろん嗜好として残るときもあるけどね。でも、それがないと昏倒するような、狂騒的なものからは解き放たれるんだよ。
 それを皆、恐れるけど、いちど解き放たれると、つきものが落ちたみたいに穏やかになるんだ。

 ぼくは、服を着せてあげながら、じっとリーズの顔を見る。
 リーズはとっても綺麗だ。
 兄馬鹿と言われても、そう断言できる。リーズよりかっこよくて美しく、天才の魔道士はいないだろう。
 年齢も良い頃合いだし、本当に巣立ちのときは、刻一刻と近づいているはず。
 まあ、むしろ遅いくらいだけど……それだけ、リーズは心が不安定なんだと思う。
 だから、いっぱい色んな人と関係を作ってあげなきゃ。
 ぼくはせっせと人脈づくりに精を出していた。

「はい、できたよ」

 リーズはされるがままになっていたけど、ぼくが身支度を終えたら、ぱっと顔を上げてキスしてきた。

「ありがと、パージ」
「うん」

 嬉しそうに笑って、リーズは、ぼく用の小さなクローゼットをあさりだす。

「今度は俺。パージ。新しい服が出来たから着せてあげる」

 いそいそと服を取り出して、ぼくに着せだした。眠そうにぼんやりしてたとは思えない。きらきらした顔で、ぼくの服を着付けだす。
 リーズは何でもできる。特に手先が器用なのか、ぼくにいつも服を作ってくれた。

「裸は俺しか見ちゃだめ」

 よくわからない理屈だけど、魔道士の独占欲はすごい。だからまあそういうものだと思ってる。
 かわいい服を着せてもらって、ぼくも自分の姿を見下ろす。リーズの服とおそろいだ。

「ありがとう、リーズ」
「気に入った?」
「うん!」

 そう言うと、リーズはまたキスして、頬ずりしてきた。いつまでたっても甘えん坊さんなんだから。
 頭を撫でて上げると、嬉しそうに笑ってる。

「さ。ごはんをたべて、クラウスさんにあいにいこう」
「うん」

 途端に面倒くさそうに歩き出すリーズの腕の中に収まる。ぽすぽすと腕を叩いて、激励する。
 こうしていられるのも、あと少しだろうな。
 リーズはいろんなひとからひっぱりだこだ。可愛い女の子もかっこいい男の子もよりどりみどり。
 友達どころか伴侶ももうすぐ得ちゃうだろう。

「はい、あーん」

 リーズにごはんを食べさせられ、食べさせてあげながら、ぼくは思った。
 そうなったら、ぼくはどうしようかな。
 命のある安心毛布は、他みたいにはいかない。どうしても依存が切りづらいから、少なくとも一緒には住まなくなるんだ。
 リーズから離れて暮らす。安心毛布のためのコミュニティもあるし、そこにいくことになるかも。
 ぼくも、伴侶をえるために、頑張ろうかなあ。
 リーズはぼくと離れたくないって言うけど、魔道士って皆そういうんだもの。
 もくもくベーコンを食べながら、ぼくは最近、そのことばかり考えてた。


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