あの日にまだ縋ってる5
俺が飛び出す前に、佐保が出ていって二人を糾弾した。
理央は、意味が掴めないみたいで、ひたすら混乱していた。
その顔を見て、少し落ちついた。
けど、志島が、理央をかばってまた苛立ちがました。
理央は、自分が庇われたことに、心の底から驚いてた。それが、すごく胸に痛くて、心臓が冷たくて仕方なかった。
志島は強く、全く動じなかった。旗色悪しと見て、佐保が俺に援護を求めた。
俺がなにか言うより早く、いかに自分が正しいか、兄に熱弁した。いかに、理央が悪い人間かって、口汚く、皆に聞かせるみたいに。
わかってる。こいつを助長したのは俺だ。けど、聞いていられない。
けど、また志島が、俺より早く、佐保に怒った、その時だった。
「そのとおりです」
理央の声が、そっとさしこまれた。
「佐保ちゃんの言う通りです。俺、瀧につきまとってました」
悲しく冷たい声が、静かに落ちた。志島が気遣わしげに、理央を見た。理央は、ひどく悲しい、諦めた顔で俯いて、志島に謝った。
俺は、呆然とした。
今、理央はなんて言った?
佐保の言う通りだって。俺に、つきまとってたって……?
そんなわけないだろ。
理央は、そんなこと、言わないはずだ。だってそう思ったなら、理央は――。
理央は走り、場を去ろうとした。佐保がそれみたことか、という顔で、鼻を鳴らした。
俺の脇を通り過ぎようとする理央の目に、涙が滲んで散ったのが、ゆっくりに見えた。
気づいたら、俺は、理央を捕まえていた。
なにか言葉があるわけじゃない。
けど、理央を行かせたくなかった。
「離して……!」
理央は驚いた顔をして、それから泣きながら俺を拒絶した。腕を振り乱して、俺から逃れようとする。そんな抵抗、びくともしない。
でも、俺も動揺して、何を言いたいかわからない。
理央が志島からの包を落としそうになって、あわてて抱え直した。その動作と、安堵の表情に、俺のなかで、何かが切れた。
「ぁ……!」
気がついたら、理央を、抱きしめてた。周囲なんて、目に入らなかった。俺達の体の間で、包が潰れたのがわかる。
理央、どこを見てるんだ。
お前が好きなのは俺だろ。
よそ見するな……!
抵抗する理央をフェロモンで言うことを聞かせて、逃げられないようにした。暴れるなよ。俺のだろ、お前は。どうして泣くんだ。
過呼吸を起こしかけてたから、体を操作して、止めてやる。理央は熱っぽい体で泣いて、「離して」と繰り返してた。
「やめろ」
声が割って入ってきた。志島だった。俺に、理央の意思を無視するなと御託を述べる。その真っ直ぐな目は、俺と張り合えるって言ってた。
俺と理央の間に、入れると思ってるのか? この野郎。
俺の威圧にも動じずに返してくる。理央が、志島を縋るように見た。それだけで、俺はもう止まれなかった。理央を連れて、その場を去ろうとする。志島が俺の肩を掴んで引き止めてくる。
まるで、理央が自分のオメガだとでも言いたげな口ぶりや仕草に、制御できない怒りがわいた。
「――げほっ……!」
気づいたら、理央が、苦しげに咳き込んでいた。
涙に濡れた顔を、苦悶に歪めてる。我に返り見つめると、理央の怯えた目と交差した。
俺の思考が停止した。腕から力が抜ける。
その隙に、志島の野郎が、俺から理央を奪い取った。
俺は動揺して、動けなかった。
理央。
アルファの威圧のフェロモンに、オメガは強い。アルファの威圧は基本、ナワバリを守るために使う。オメガはアルファのナワバリの中の存在だ。強くなくちゃ、一緒にいられない。
わかってる。
理央は病み上がりで、弱ってる。だから、俺の威圧を食らってしまったんだって。
――でも。
オメガは特に、信頼するアルファのフェロモンを受け入れて、反応するように出来てる。
なら、理央が今、苦しんでるのは。
俺のフェロモンを攻撃と判断したってことなんじゃないか。
その考えが、振り切れなかった。
呆然としてたけど、志島が理央を抱き上げたことで我に返った。
志島が、理央の体をわが物顔に抱いて、救護室に連れて行こうとする。
理央は、戸惑っていたが、志島に身を任せた。
視界が真っ赤に染まる。
考えるより先に、俺は叫んでいた。
「理央に触るな……!」
追いかけて、志島を止める。志島は理央をかばうように抱き直して、「大丈夫だ」と安心させるように繰り返してた。俺には一瞥もくれず。
この野郎……!
理央を離せと叫ぶ俺に、志島の纏う雰囲気が、冷たいものになる。
「君にそんなことを言う資格があるのか」
俺は息をのんだ。
その間に、志島は理央を連れて、行ってしまった。