あの日にまだ縋ってる5


「瀧くん、話があるの」
「俺はない」

 席を立ち、脇を通り抜けようとすると、佐保が高い声で俺の背に叫んだ。

「あの人、もう別のアルファに行ってるよ!」

 俺は立ち止まる。そして、佐保を睨みつけた。
 この野郎。言うに事欠いて、最悪の侮辱をしやがって。
 佐保の周りの男子たちが、昏倒した。佐保も青ざめたが、こいつは曲がりなりにも強いオメガだ。「本当なの!」と言い募ってくる。

「僕のお兄ちゃんにつきまとってるの! 嘘だと思うなら、確かめてみて!」

 嘘だったら殴ってもいいとか、今まで助けたんだから僕も助けてとか、どうでもいいこと言ってたけど、頭に入らなかった。
 理央が、他のアルファに?
 ありえない。

『瀧、大好き。何があっても、ずっと大好きだよ』

 あの日、泣き笑いで、俺に誓った理央が蘇る。
 そうだ。
 何があっても、理央が、俺以外を好きになるはずないんだ。

 なのに。
 心のなかで、ずっと警鐘が鳴ってた。
 きっと何かの手違いだし、こいつの兄がつきまとっているのかもしれない。
 違うところを見て、こいつを殴ろう。
 そう決めて、佐保の後をついていった。

 でも、違った。
 佐保に連れられてきた三年の校舎。
 そこで俺が見たのは、理央が佐保の兄と楽しそうに話してる光景だった。
 久しぶりに見る、理央の雰囲気は、どことなくやわらかくなってた。佐保の兄――志島しじまから何か受け取って、嬉しそうに顔を綻ばせる。志島は胸焼けするような甘い目で、理央を見てた。

 志島は俺ほどじゃないけど、優秀なアルファで、体格がよかった。そこそこ長身の理央が小さく見えるくらいだ。頭一つぶんはゆうに大きかった。
 年下の俺はまだ、理央より少し高いくらいだ。
 理央は、志島を見上げて話してる。志島はみっともないくらい顔を赤くして、理央を見つめてた。
 理央は知ってか知らずか、志島にやわらかく笑ってた。志島が渡した食べ物を、嬉しそうに抱えて。

「あれ、お兄ちゃん、昨日作ってたお菓子……!」

 佐保の言葉が、頭のなかで耳障りに反響する。

 ――理央。

 頭の中が、煮えるみたいに熱くて、なのに、音が消えてて、芯が冷えてた。むちゃくちゃだった。

 理央。何してるんだよ。
 俺以外の男に、何笑ってるんだ。


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