あの日にまだ縋ってる3


 瀧とはあれから会ってなかった。救急車で運ばれてからは、来てなかったみたいだ。星たちは一度来てくれたらしいんだけど、面会謝絶で悪いことした。
 けど、瀧が来たって話は聞いてない。
 やっぱり幻だったのかな。
 あの日、優しくしてくれた瀧。……家に来てくれた瀧。
 メッセージブロックしてから、トークルームも消しちゃったし、あれからどうなってるかわからない。
 ぼんやりしてしまって、俺は頭を振る。
 気を抜いたら、すぐ考えてしまう。もう、瀧のことは諦めるって決めたのに。

「理央。飯くおうぜ〜」
「うん。今行く!」

 ノートを片付けて、星たちと一緒に購買に向かう。あの日から、無理にがらっぱちに振る舞うのをやめた。元々しとやかなたちじゃないけど、過剰に作るのはやめた。
 瀧に気持ち悪いって思われるくらいなら、迷惑な先輩ぶった方がましだって思ってたんだ。だけど、もういいかなって。
 星たちは「似合ってなかったからいいんじゃん」と言ってくれる。いきなりキャラ変した俺に、ありがたかった。
 星たちは、何となく察してくれてるみたいで、何も聞かないのに、ずっと傍にいてくれた。本当に、休んでばっかで付き合いも悪いし、あてにならない俺に、得がたい友達だ。
 これからは、星たちとの時間を大事にしたい。笑いながら、廊下を歩いていた。

「おっと」
「あっ、すみません」
「こちらこそ――」

 曲がり角、行きあった人にぶつかりかけて、俺は謝る。向こうも律儀に謝り返してくれて、俺を見て目を見開いた。

「君は――」
「あっ」

 見れば、保健室に連れてってくれた上級生だった。俺は慌てて頭を下げる。

「あの、あの時は、本当にありがとうございました」
「いや。大丈夫だったかい。その――」

 尋ねてから、彼は気遣うみたいに言い淀んだ。
あ、この人俺がオメガだから気にしてくれてるんだなってわかった。律儀さに少し笑みが溢れた。

「体調は、平気です。ありがとうございます」
「そうか。よかった」

 安堵した風に笑った。星たちが「理央」と呼んだので、俺は彼に頭を下げて、その場を去った。
 あの人、アルファか。
 そんな気はしていたけど、柔和な人だな、すごい強そうな人なのに。
 瀧とは違うな。
 瀧は、優しい見た目なのに、いつも凍った湖みたいにはりつめてた。
 どきどきして、綺麗で。いつか、解けないかなって思ってた。――昔みたいに。
 また、瀧のことを考えてる自分に気づき、頭を振る。瀧のことは、忘れる。忘れるんだから……。
 パンを食べながら、俺は星たちの話に耳を傾けていた。



くぬぎくん。偶然だな」
志島しじま先輩」

 あれから、あの上級生――志島先輩とよく会うようになった。三年生のクラスって別棟だから、あんまり会わないと思うんだけど、弟がいて、よく訪れるらしい。
 志島先輩は特進科で首席らしい。それでいて剣道で全国行ってるとかで、かなりすごい人だった。
 志島先輩はすごくいい人で、星たちといると、挨拶だけで去っていく。俺一人だと、やってきて、勉強を教えてくれた。
 自分も勉強あるだろうに、俺みたいなのに、面倒見のいい人だなと思う。そう言うと、照れたみたいに、「弟がいるからかな」と笑った。

「先輩みたいなお兄さんがいたら、頼もしいですね」
「そうかな。年頃で、鬱陶しがられてるけど」
「あはは。お父さんみたい」

「お父さん……」とショックを受けている先輩に笑う。体格も大きくて、精悍な人なのに、安心感のある人だなあと日に日に思う。
 お父さんか。いいながら、少し切なくなった。ある日突然、さよならもなく家を出ていった、父を思って。母さんは、それからずっと張りつめて、でも俺のことをずっと大事にしてくれた。

「樟くん?」
「えっ」
「大丈夫か? つらそうな顔をしてる」

 心配そうに尋ねられ、思わず泣きそうになった。
 かつての瀧を思い出して。
 母さんは、つらいのに俺を大事にしてくれた。だから、寂しいなんて絶対に言えなかったんだ。
 瀧がそんな俺に気づいて、聞いてくれたんだ。「大丈夫?」って。
 思わず泣き出した俺を、瀧は抱きしめてくれた。

「大丈夫だよ。絶対に、俺は理央ちゃんの傍を、離れないから」

 って、そう約束してくれた。それで――。
 先輩が、目を見開いたのを見て、俺は自分が泣いていることに気づいた。慌てて俯いて、顔を拭う。

「すみません」

 笑う俺に、先輩は何も言わなかった。ただ、ハンカチを差し出した。

「使いなさい。擦ると目を悪くするから」
「先輩……」
「大丈夫だよ」

 俺はおされて、それを受け取ってしまった。綺麗にアイロンされた、可愛い柄のハンカチだ。思わず笑うと、先輩も笑った。

「先輩は優しいですね」
「そうかな。まあ、そういうものだ、と言っておこうか」
「よくわからないです」

 笑ってると、先輩も笑った。何だか子供を見るみたいな目が、くすぐったかった。


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