初恋の人を描き続けてる恋人が記憶喪失になった
何かを言えるわけでもない。けど、傍にいることはできるし、それが自分のするべきことだ。
受けは関係をもう一度積み重ねていく。
空の色や、鳥の声。紅葉や風の匂い。時間の移ろいをひとつひとつ拾い上げていく。
「見て」
攻めは、さみしげな気配は持っていたけど、受けが指さすたびに、それを追ってくれるようになった。
子の鳥が、飛び立つ練習をしているのを見て、攻めは目を輝かせた。
久しぶりに見る目に、受けは泣きたいくらいうれしくなった。
攻めが、脇に抱えたクロッキー帳を見て、それから受けを振り返って笑った。そのことに驚く。いつもあの目をしたら、攻めは絵を描き出すから。
「描かなくていいの?」
余計なことを聞いたかな、と少しひやりとする。攻めは気にした風もなく「うん」と笑った。
「ああいうものは、ただ心にしまっておくんだ」
そういう攻めの顔は、すごくいとしげだった。
風がふいた。攻めが空を見上げる。受けはそんな攻めをただ見つめていた。