あの日にまだ縋ってる(瀧視点)
ある日、理央が同じクラスのオメガに掴みかかった。そいつが遊びの最中に、ふざけて俺の腕に抱き着いてきたからだ。
それを目撃した理央が、信じられないくらい怒って、そいつを俺から避けて怒鳴った。
「瀧に触んな! 俺の番だぞ!」
理央がそう叫んだ瞬間、周囲が生暖かい苦笑を漏らしたのがわかった。俺はかっとのぼせあがって、咄嗟に理央を叩いていた。アルファの俺に打たれて、ひとたまりもなく、理央は倒れ込み、地面にしりもちをついた。
「気持ち悪いこと言うな! うっとうしいんだよ」
言ってから、頭が真っ白になった。
理央はぽかんとした顔で、俺を見上げていた。何が起こったかわからない、そんな様子で、打たれて赤くなった頬にそろりと手をやっていた。
辺りがしんと静まった。俺は踵を返して、その場を去った。
――ごめん。
心には、出ていた言葉が、どうしても出なかった。最悪の気持ちで、俺は家に帰って、部屋にうずくまった。
理央はどうしちゃったんだ。俺は、どうしたらいいんだろう。
翌朝、理央が家の前に立っていた。俺はぎくりとした。理央に謝らないと。それは自分の中でも決まっていた。
「おはよー瀧」
理央はにこっと笑って手を振った。昨日のことなんて、知らないみたいに。
「昨日は、」
俺の言葉を引き継ぐように、理央が顔の前で手を合わせた。
「昨日はごめんな! ちゃんと俺、友達にも謝ったよ」
許してくれる?
そう言って笑う理央に、一種の拒絶を感じた。俺にこの件で触れられたくないって、必死に目が頼んでた。
俺は、黙るしかなかった。
そうすると、理央の笑顔が、安堵の色を浮かべたから。
そうして、俺たちはどこかかみ合わないまま、今まで来てしまった。
理央はことさら明るく、何も気にしていない風に振る舞ったけど、根っこで俺に怯えてるのがわかった。その目を見ると、俺は放っておけなくなった。
意気がってるけど、本質はやわらかくて、可愛い理央。忙しい母を気づかって、いつもつらいことは言えないでいた。
俺の好きになった理央は、変わらずにそこにいるってわかったから。
なのに、理央の骨ばった体が、少年めいた面差しが、俺にかつての理央を追わせなかった。触れることを拒んでいた。
時折、理央がさみしそうに、じっと俺を見ているのがわかった。理央も、俺の変化に気づいている。そう思うと、余計に焦燥した。
男になった理央に幻滅したなんて、言えるわけない。俺は理央の心は好きだったから。