あの日にまだ縋ってる


 それから俺は、体調を崩してしばらく学校を休むことになった。
 母さんは出張で、ひとりになる俺のことを心配してた。
 俺は平気だからって送り出した。
 申請もおりなかったのに、これ以上迷惑かけられなかった。
 それに、ひとりになれて、どこか安心してた。
 思う様、落ち込んでいられるから。

 俺はひたすら寝た。時々、ベッド脇に用意してある袋に吐いた。
 この体調不良だって、いずれは治まるんだ。
 もう、諦めがついたんだから。
 新しいアルファに恋をしたら、きっと精神が安定するって、先生も重ねて言ってくれた。
 自分の勝手で、ずっと心配かけてた。

 インターホンが鳴る。
 俺は出ずに、ベッドに寝ていた。荷物は全部置き配だし、気にすることはない。
 もう一度鳴って、それからスマホが震えた。
 瀧からだった。

『開けて』

 心がぐらりと揺れた。
 思わず、画面を見てたら、メッセージがまた送られてくる。

『いるんでしょ。顔が見たい』
『理央』

 液晶に、涙が落ちる。顔を拭って俺は自分の唇が笑んでた事に気づいた。手だって、今すぐ返事を打とうとしてる。足だって、ドアに向かおうとしてる。
 まだ、心がこんなに喜んでる。
 忘れるって決めたのに。

 俺は息を止めて、目を閉じた。瀧のことを、ブロックして、スマホの電源を落とし、遠くに追いやった。
 布団に潜り込んで、耳をふさいだ。
 インターホンはずっと、鳴り続けた。

 次の日も、その次の日も。
 どうして今さら、こんなに来てくれるんだろ。
 中学くらいから、どんなに体調不良でも、家に来てくれたことなんて、なかったのに。

「げほ、げほっ……」

 俺は辛くて苦しくて、何度も吐いた。
 飛び出して、思いきりなじってやればいいのかな。それとも、会いたかったって、嬉しいって泣けばいいのかな。
 わからない。
 どうしたら、瀧が帰ってくれるのか。
 瀧のことが、わからなかった。
 どうしたら、この気持ちから解放されるのかも、わからなかった。

 それから暫くして、母さんが帰ってきて。

「理央!」

 救急車を呼ばれて、俺は病院に運び込まれた。


《完》

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