あの日にまだ縋ってる


「――瀧くん?」

 澄んだ可愛い声が、聞こえた。俺は布団のなかで目を見開いた。

「佐保」

 瀧が名前を呼ぶ。名前……。

「ここにいたの?」

 佐保ちゃんは、迷いなく瀧のところへやってきた。それから、俺の方へ視線をやったのがわかった。嫌そうな気配がたつ。

「また?」

 凄く険のある声が俺に刺さった。佐保ちゃんは言う。

「瀧くん、もう構うのよそうよ」

 細い声で囁いたのに、はっきり聞こえた。

「体調悪いなんて絶対嘘だよ」
「瀧くんの優しいところ好きだけど、甘やかすのは、この人にとってもよくないよ?」
「都合の悪い時だけオメガぶって同情ひいて。そのくせ救護室に入らないで……迷惑なのに。オメガとして一番許せない」

 駄目だ。
 佐保ちゃんの声だけが、異様に響いて胸を刺してくる。痛くて、そこから凍ったみたいに体が冷えていく。
 瀧はなんて答えてるんだろう。俺の脳みそが拒否してるのか、聞こえなかった。頭の中に、ザーって音がする。雨が降ってるのかな。
 視界が白かった。体まで震えてきた。息が上手く出来ない。
 駄目だ、抑えろ。ここで、同情ひくような真似したら、余計に顰蹙買う。
 早く出てってくれ。
 見開いた目から涙がぼたぼたこぼれた。のどを必死に抑えて、息を殺すのに、余計に速くなっていって、おかしくなる。早く、早く――

「行こ? 瀧くん」

 佐保ちゃんが促して、瀧の気配が遠くなった。
 ――いやだ。
 瀧、行かないで!
 心が叫んだ時、ぷつんと糸が切れた。

「……!」

 気づいたら、俺は枕を投げてた。瀧が腕で庇ったのが見えた。
 叫んだはずなのに、声にならなくて。かわりに呼吸が喉の中に逆巻いた。倒れ込んで、息を必死についた。

「信じらんない……先生!」

 佐保ちゃんが、先生を呼びに行った。
 息が出来なくて、ベッドからずり落ちて背を丸める。喉が痛い。怖い。苦しい。
 喉を掻きむしろうとして、首輪に当たった。爪が引っかかって、指先に痺れが走る。その程度のことが、無性に辛くて、首輪ごと、俺は喉を引っかいた。
 もういやだ。どうして、どうして。何の役にも立たないくせに。
 苦しい。跳ね上がる背中が痛い。霞むのが涙のせいなのか、酸欠なのかわからなかった。

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