あの日にまだ縋ってる31


「ただいま」

 家に帰ったら、リビングに母さんがひとりきりで立ってた。家の中には、なにも物がなくって。消毒したみたいに真っ白だった。

「母さん……?」
「今日から、ふたりで住みましょう」

 母さんは、テーブルがあったところをじっと見てた。俺からは、背中しか見えない。母さんは、ノースリーブのシャツを着て、ジーンズをはいてた。何気ない、いつもの格好。けど、手だけぎゅって、握りしめてた。

「母さん」

 俺は、母さんの手を握った。よくわからないけど、痛いと思ったんだ。そんなに握ったら、痛いよって。
 母さんは、俺のことを抱きしめた。ひざまずいて、小さい俺に背をあわせて抱きしめてくれた。あんまり強い力に、びっくりする。こんな風に、抱きしめられたことはなかった。

「理央も、それでいいわね。母さんがいれば、いいわよね」

 なにもない、リビングだった場所で。
 母さんはじっと、俺を抱きしめてた。
 真っ白い光の差す、夏の日のことだった。



 白い天井を見上げて、俺は目を覚ました。点滴のパックから、手に視線がおりる。手にあたたかくて、確かな感触があった。

「……母さん」

 隣で眠る母さんの寝顔を見つめた。簡易ベッドをぎりぎりまでくっつけて、俺の側に寝てくれた。
 母さんと一緒に寝るなんて、いつぶりだろう。俺はなんだか、小さな子供になった気持ちがする。
 あったかい。母さんの寝息を、目を閉じて聞いた。母さんの形のいい目元には、クマがあった。きっと、すごく心配かけたんだ。けど、疲れてるなんて、全然見せなかった。俺は、そおっと身を起こして、母さんを見つめた。

「ありがとう」

 俺は、そっと口の中でつぶやいた。ぎゅっと、空いたほうの拳を握りしめた。


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