あの日にまだ縋ってる31
「
夜。母さんが歯を磨きながら、俺に尋ねた。窓に映った母さんと目が合う。母さんは窓の向こうの、暗い空を見てた。
「ありがとう」
応えてから――俺は固まった。
『俺ら、家知ってるからな』
あいつらの声がよみがえる。怒りにみなぎった、ぎらぎらした目も。
「――理央?」
母さんの声に、我に返る。肩越しにふりかえって、俺を見てた。
「あっ、ううん。俺は大丈夫」
「そう」
母さんは窓に向き直った。俺は、布団の上の自分の手を見てた。知らず、ぎゅっと握られて汗ばんでる。どうしよう。胸の奥が、不安定にさざめいた。
「じゃあ、適当にとってくるわ」
「――待って!」
とっさに、声を上げてた。母さんが驚いた目をして、俺を見てる。俺は、母さんをじっと見てた。わけもわからないまま、首を振る。
「帰らないで。母さん」
「へ?」
母さんが声を上げる。耳の奥で、心臓の音がひどく響いてた。母さんが、歩いてきて、傍のいすに座った。ぽんと俺の腕をたたく。
「どうしたの。怖い?」
「う、ううん。あのね」
「無理しなくていいわよ。っていうか手、冷たいわね」
「あの、」
俺はぎゅっと目を閉じる。口を開いて、閉じた。
「母さん、帰らないで。危ないから」
どうにか絞り出せたのは、そんな曖昧な言葉だった。
「危ないから。俺を襲ったやつら、俺の家、知ってるって言ってた」
母さんが、目を見開く。指先まで、心臓の音が走ってた。汗が首にいっぱい伝った。すう、と息を吸って吐いた。
「バカねえ!」
母さんに、腕をぱんとたたかれた。小気味いい音が立った。俺は打たれた腕を押さえて、目を白黒させた。
「クズに遅れをとる私じゃないわよ。いらない心配してないで、ゆっくり休みなさい」
そう言って、背中をぽんぽんとたたかれる。布団を引っ張り上げると、俺にかぶせた。布団越しに、胸元をたたかれる。強めのそれは規則的で……俺を寝かしつけようとしてくれてるってわかった。
「心配いらないわよ。私は強いし、何なら専門の人を雇ってもいいし。でも、そういうことも全部、体を治してから、話しましょ」
おやすみ。そう言って、母さんはずっと、ぽんぽんと俺をなだめてた。
1/7ページ