あの日にまだ縋ってる30
先輩を見送って、母さんと二人きりになる。母さんは何度も先輩にお礼を言って、「またあらためてお礼に伺います」と言った。
母さんは、検査の結果を詳しく聞いて、仕事の電話を済ませて、ずっと俺についててくれた。
「母さん」
「なに?」
「あの……」
母さんはベッドに腰掛けて、俺の肩を抱いてた。俺は母さんの肩に頭をもたれさせながら、口を開いては閉じた。
「あのね。今回のこと、なんだけど」
「うん」
「瀧には、まだ内緒にしてたい」
母さんは、俺を見た。俺は、見上げる。
「なにもなかったんだけど。なんだか、知られたくなくて」
俺の体の中に、いっぱい瀧以外のアルファのフェロモンが入ったことを、知られるのはつらかった。大げさかもしれないけど、なんだか。
「それがいいわね」
母さんは頷いて、俺の頭をなでた。
「安心しなさい。言わないし、あんたの感覚はたぶん正常よ」
私は、アルファだから、オメガのことはわからないけど。
「アルファのことはわかるわ」
母さんの実感のこもった言葉に、俯く。
「うん」
と頷くと、母さんにぽんぽんとあやされた。西日が、静かに差し込んできてた。
「志島くん、だっけ? 彼とはいつから」
母さんが、俺の目を見つめてた。えっと、と俺は数える。
「えっと。具合悪いとき、助けてもらって。退院してくらいから……」
「そう。じゃあ、三ヶ月くらいね」
母さんは、天井を見上げた。
「よかったわ。せめて、あんたを見てくれてる人がいて」
「母さん」
「金塊を贈っても足りないわね」
わざとおどけて笑う母さんに、俺も笑った。看護師さんが、点滴を持ってきてくれた。母さんは、時間を確認する。
「母さん、ありがとう来てくれて」
「バカね。当たり前のことに礼を言うと、嫌みに聞こえるわよ」
「えっ」
「今日はここに泊まるから。歯ブラシだけ買ってくるわ」
そう言って、母さんは俺の頭をなでた。そうして、看護師さんに頭を下げて、病室を出ていく。俺は、その背中を見送った。